(■一日目) (§) (◇歩く音フェードインして少し流し、ヒロインの台詞で停止) あの~、もしも~し… わわっ、そんなにびっくりしないでくださいよぉ… まあ私の身体って透けてるし… あとちょっぴり浮いちゃってるから… 仕方ないよね… えへへ、どうも幽霊です わぁ~、待って待って、見なかったふりしないでくださいよぉ~ 私のこと、見えてますよね?… その反応、声も聞こえているみたいですし… あ、今… 目を逸らしましたね … やっぱりあなた、私のこと見えてるんじゃないですかぁ… っ … これ、とっても珍しいことなんですよ っていうか、これが初めてだったりするんですよね… あなただけは、なんかこう、びびっときちゃって… もしかしたらって、話しかけてみたんですけど… あなたって… 私のこと、何か知りませんか? … いえ、その、実はこうして幽霊になっちゃう前の記憶が… つまり、生きていた時のこと、何も思い出せないんですよね… なので、成仏できなくて彷徨ってる理由とかも、全然分からなくて… 私のこと見える人なら、何か知ってるんじゃないかと思って、声… 掛けてみたんですけど… … んー、そうですか なら、たまたま霊感が強かったとか、そういうことなんですかね… … あの、本当に何も、心当たりとかありませんか? 離れ離れになった可愛い妹とか。小学校の頃に結婚する約束をして、でも家の都合で転校し ちゃった後輩ちゃんとか… …… んー、一つも当てはまりませんか。困りましたねぇ… いえ、あなたが困らなくても、私は今、とってもピンチなんですよ せっかく、見える人に会えたのに…… あ、良いことを思いつきました … しばらく、あなたについて行っても良いですか? そうすれば何かわかるかも! …… えぇ~、良いじゃないですかぁ~ ついて行くっていっても、別にとりついたりはしませんよ? あと、食費もかかりませんし、プライバシーだってしっかり守ります! ね?良いでしょ?人助けをすると思って… あ、死んじゃってるから幽霊助けになるの かな… …… え、本当ですか?やっぱ今の無しって言っても、もう遅いですよ … よし、そうと決まれば、さっそく帰りましょう …… どこって、あなたのお家以外に行くところあるんですか? ほら、こっちですよね? …… あれ、なんで私、家の方向分かるんでしょうか… やっぱり、昔一緒に住んでいた妹だったり… 。はい、しませんよね (◇外を歩く音ループ) あ、そーだ … あっいえ、さっきの話じゃないんですけど… そう言えば、あなたのこと、なんて呼べばい いですか? ずっと「あなた」って呼ぶのも、変だと思うんですよね… ん~~…… 名前で呼ぶのは、なんか違うような気が… あ、ちょっと待ってください。今、びびっときました あなたのこと、「ご主人様」って呼びます! 私は今から、ご主人様にお仕えする幽霊なのです! … あはは、まあ浮いてるだけで何もできませんけどねぇ まぁまぁ、細かいことはどうでも良いじゃないですか… そうですね、ご主人様は、私のこと、れいちゃんって呼んでください …… いえ、名前を思い出したりはしていないんですけど… 幽霊だから、霊ちゃんで良いかな ぁと 他には「幽ちゃん」っていうのもアリですけど、ほら… 女の子っぽくないじゃないですか なので、これから私のことは、れいちゃんって呼んでくださいね ( ◇外を歩く音数秒ほど流して停止) … あ、話してたらもう着きましたね …… はい、やっぱりどこか見覚えがあるような… ないような… ご主人様って、私くらいのメイドを雇っていたことは…… ないですよね 普通のお家ですし、というか私くらいの女の子を働かせていたら犯罪ですからね まぁ、とにかく入りましょう (◇扉の開閉音) お邪魔しま~す おぉ~、けっこう広いお家ですね~ あれ?でもなんか、天井低くないですか? ちょっとこう、天井が近く感じるような… あ、私が浮いてるせいですね。えへへー あぁ~ちょっとぉ、置いてかないでくださいよ~… … ん?くんくん… 何でしょう、とっても良い匂いがしますね~♪ … あぁ、そっか!もう夜ご飯の時間ですもんね~ ご主人様は、すぐご飯食べます? なるほど… お風呂の後ですね じゃあ、その間に、色々と見て回ってても良いですか? あぁ、その心配なら大丈夫ですよ 扉に触ったりはできませんけど、すり抜けることができるので そもそも開ける必要ないんですよねー。こう見えて幽霊なので。えへへ というわけで、ちょっと見てきますね … はい、ご主人様も、ゆっくりお風呂に入っててくださいね きっと、疲れてると思うので では、また後で (◇主人公の遠ざかる足音) (§) あ、ご主人様、もうご飯食べ終わったんですか? … はい、私の方は、ずっとお家の中を見てましたよ それにしても、けっこう広いんですね。疲れちゃいましたよー え、そうですか? 私からすると、そこそこ広く感じましたけど… あと、扉をすり抜ける度に、わりとエネルギー使っちゃうみたいで… 三部屋くらい回る頃には、もうへとへとでしたよ~ …… あ、見覚えはですね… 一部屋だけありました えっと、こっちです (◇主人公が家の中を歩く足音) ( ◇扉を開ける音) あ、ここってご主人様の部屋なんですか? …… はい、この部屋だけは、行ったことある気がします 物には触れないので、うろうろしてただけですけど… 特に、このベッドとか見覚えあるんですよね… もしかしてご主人様、この部屋に女の子を連れ込んだり… まさか私、ご主人様に… っ あぁ~怒らないでください~、冗談ですよぉ … ただ、このベッドに見覚えがあるのは、間違いないんですよね~ まあ、明日も色々と見て回れば、何か分かるかもしれません … え?もちろん明日もここにいますよ ご主人様の近くにいれば、何か思い出しそうなので… … もしかして、ダメ… ですか? やった!ありがとうございますっ、ご主人様♪ … じゃあ、明日も一緒ですね。えへへ (■二日目) (§) (◇毛布の擦れる音) あ、ご主人様。ふふ、おはようございます♪ 朝早いんですね、お出かけですか? … へぇ、いつもこの時間に起きてるんですね ということは、今… 暇だったりします? …… でしたら、ご主人様の案内で、お家の中もう一度見てみたいなぁって… まあ、昨日少し回りましたけどぉ… 私だけだと文字が読めなかったり、分からないことも多いですし… いちいちすり抜けなくても良いので、とっても助かるんですよね… だからご主人様、ちょっとだけ、私に付き合ってくれませんか? … ね?良いでしょー? … ふふ、ありがとうございます、ご主人様 やっぱり優しいですね~。そういうところ、大好きです♪ …… さて。それじゃあ、早速行きましょう (◇毛布をどける音) (◇扉の開閉音) … まずは、そうですね… う~ん、まだ良く分からないので、一つずつ見て行ってもいいですか? はい、ではこのおっきい部屋から… あ、リビングって言うんですね … なるほど、ここでご飯を食べたり…… あれ なんかちょっと、ヘンですね… 家具の場所っていうか… 。あのソファーとか、もっと奥に寄せても良いような… んー、気のせいですかね… ? …… あ、お母様がいますよ! お母様~、おはようございまーす … えへへ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ 昨日、こっそり耳元で話しかけてみたんですけど… 全く反応がなかったので その辺は、抜かりないのですっ …… あー、ただお母様がいると、ご主人様話しづらいですよね? なら、他の部屋に行ってみましょう こっちのちょっと狭いところは… あ、お風呂ですね? うぅ… なんか私、ここ苦手ですぅ… もしかして、お風呂でおぼれて死んじゃったとか… さすがに、ないですかね… ? う~ん、でもここ、ほんとに苦手です… 早く別のところに行きましょ さっきの、ご主人様の部屋とか。今度は、じっくり見てみたいんです …… え?別に散らかしたりしませんよー。そもそもできないですし… … あぁ、ポルターガイスト… でしたっけ あれって、どうやってるんですかね? … あはは、ご主人様に訊いても分かるわけないですよね。私ですら分からないのに… うーん、謎は深まるばかりですね~… …… ふぇ? 幽霊が幽霊のこと考えるのって… 面白いですか? … だって、幽霊になっても分からないことだらけですし… あ、でも一つだけ気づいたんですけど… 意外と幽霊って、全部が怖いっていうわけでもないんですね … ほら、たぶん幽霊って、まだやりたいことがあるから、ここに残っちゃってるんですよ ね? もしそれが、誰かに何かを伝えた~いとか、 最後にあれやっておきた~いとかだとしたら、 全然怖くないですし。なんか応援したくならないですか? まぁ、私は幽霊なので、応援される立場なんですけどね、えへへ♪ だから、呪ってやる~っていう幽霊だけじゃなくて、 かわいい幽霊とかもいるんじゃないかって考えたら、ちょっと楽しくないですか? この私みたいに♪えへへー ちょっと、話すぎちゃいましたね それじゃ、ご主人様の部屋に行きましょうか (◇数秒ほど間を空け、扉の開閉音) さて、じっくり見ちゃいますよ~ まずはご主人様が寝ている、このベッドです … んー、絶対見覚えあるんですよね~… どこでって… それが分かったら苦労しませんよぉ… このベッド、ご主人様以外の誰かが使うことってありましたか? あ、やましい意味ではなくてですよ … なるほど、ご主人様以外は使ってない… と んー、他には何か… あれ… この写真は… あ、ご主人様が写っていますねっ ご家族の写真ですか? わぁ~、皆さんいい顔してますね♪お父様とか決めポーズしてますし… … あ、この子、とっても可愛い… 。何歳ですか? へぇ… まだ一歳なんですねぇ。ふふ あーあ、私もご主人様と、一緒に写真撮りたいなぁ… …… だって、今撮っても心霊写真になっちゃうじゃないですかぁ そもそも写り込むか分かりませんし… ちょ、笑わないでくださいよぉ。幽霊ジョークするために写真見たんじゃないですってー むぅ…… そんなに笑ってないで、ご主人様も探してくださいよぉ … 私だって、何を探せば良いか分かりませんけど… … え?無関係なわけないじゃないですかぁ 私とご主人様は、絶対、何か繋がってる気がしますっ …… 根拠とかは、その… ご主人様が、私のこと見えてるからですっ あと、この部屋にも見覚えありますし… 今のところは、それくらいしかありませんけど… とーにーかーくっ、私は今、ご主人様しか頼れる人がいないんですよぉ… だから、もう少しだけ、ご主人様と一緒にいさせてください。 お願いしますよぉ… … あ、えへへ やっぱり、ご主人様は優しいですねぇ ありがとうございます♪ (■三日目」 (§) (◇毛布の擦れる音) あ、ご主人様。ふふ、おはようございま~す♪ あれ、びっくりしちゃいました? … まあ、天井近くでふわふわ浮いてたら、さすがに驚いちゃいますよねぇ ふふ。ご主人様のお顔、真っ青になって… わっ、大丈夫ですかっ す、すぐにお母様を… !あ… う、そう言えば、私じゃ無理でしたね… 何か、他に方法は…… え?そんなこと言ったって、落ち着いてなんかいられませんよ~! … うぅ、もしかして、私が驚かしたせいで…… あ、ただの風邪なんですか? なら、良いんですけど… 。今日はしっかり休んでくださいね 安静にしてなかったら、どんどん悪くなっちゃうかもしれませんし… 最悪、私みたいに死んじゃうかも… … まあ、それはないにしても、無理はいけませんよ ご主人様が元気でいてくれないと、私も悲しくなっちゃうので… … そうだ、何かしてほしいこととか、ありませんか? と言っても、私ができること、少ないですけど… … んー、例えばって言われても…… あ、ふふ あの~ご主人様ぁ、私と添い寝とか… どうですか? … まー、すり抜けちゃいますけど。こういうのは雰囲気ですって ね?こ~んな美少女が、添い寝してあげるって言ってるんですよ~? … や、鏡に映らないので、分からないんですけど… 私って可愛いですよね ちょっと、答えてくださいよぉ… むぅ 私… 可愛くないんですか?可愛くないから、ご主人様の側にいられると、迷惑… だったり … もぉ、そういうことは早く言ってくださいよぉ … いえ、そんな投げやりな感じじゃなくて… もっと心を込めて… …… あ、えへへ… 。もぉっと「可愛い」って言ってくれても良いですよー? …… ん、あぁ…… 何でしょう、この気持ち ご主人様に「可愛い」って言われると、胸がポカポカしてきます… … って、私ばっかり気分良くなっても、意味ないですよね ここからは、添い寝してしっかり看病しますので… ふふ…… 近いですか? 逆に離れてたら、添い寝できませんよ~ … ふふ、ご主人様♪こっち、見てください♪ (◇毛布の擦れる音) もー、すぐ目ぇ逸らすんですからぁ… 言っておきますけど、幽霊なのですいすい移動できちゃうんですよ? だから、ご主人様が顔を背けようとしても~ ほら、すぐこっちにきちゃいますからね … えへへ。けっこう照れ屋さんなんですねぇ。頬っぺた、赤くなってますよ? … なーんて、まだ青いままですけど。ふふ、からかっちゃって、ごめんなさい … その、こんな何気ないことでも、ご主人様と話すの、楽しくて… ついつい、喋りすぎちゃいますね… … ねぇ、ご主人様 私、まだ生きていた頃の記憶、全然思い出せないんです でも… 何も思い出せなくても、ご主人様と一緒にいる今が、とっても落ち着くっていうか… 幸せ、なのかな… … もしかしたら、生きていた時、ご主人様とふかぁ~い関係… だったりして … だって、まだ出会ったばかりで、こんなに仲良くなれてるんですよ… ? もちろん、何か理由があるわけじゃなくて… 。直感、なんですけど でも、これだけは間違いないって、そう思うんです… えへへ… 。二人とも憶えてないのに、変な話ですよね …… ただ、私もそうですけど、ご主人様だって… 変なところ、あると思いますよ? … だって、いきなり知らない幽霊が現れて、「家までついてくるー」って言ったのを、許し ちゃうんですよ … あの時、もしご主人様が私を連れて行ってくれなかったら、もうどうして良いか分からな くて… ほんとに、困ってたと思います … 今のところ、私と会話できるのって、ご主人様しかいませんし… あの時、あの道を通ってくれなかったら… きっと、今でも私… 彷徨ってると思うんです 幽霊としては、そっちの方が普通なんですけどね… … でも、なんでここにいるのか分からないまま、ただ彷徨うだけなんて… 嫌なんです ずっと、ずぅっと独りぼっちで… どうしてここにいるんだろうって… 私は誰なんだろうって… 何も分からないまま、不安しかなくて… そんな私を、ご主人様は、このお家に連れてきてくれました… … つまり、その… ご主人様も、私と同じようなものを、感じているんじゃないかって… あとは…… ありがとうしか、ないですね こうやってご主人様と話せて… それだけでも、すごく、すっごぉ~く、嬉しいんです …… いえ、もちろん不安になる時も、ありますよ けど、その気持ちは、ご主人様と出会う前の、何も分からない不安とは、違いますよ 今、ここにある幸せが… ご主人様と一緒の毎日が、なくなっちゃうことへの不安なんです … 私、自分のこと… 何も分からなくても。ご主人様と、ずぅっと一緒にいたいです 幽霊でも… こんな身体でも、一緒に… なんて。ダメ… ですよね …… いえ、ご主人様が良くても、神様は… 許してくれないと思います … 幽霊は、ご主人様のそばに… こっち側にいちゃ、いけないですから… …… ふふ。幽霊なのに、私って… 怖がりですよね でも、今不安に思ってることが、ちょっぴり嬉しくもあるんです … おかしいって、思いますか? だってこの不安は、今がすっごく楽しいからこそ、感じるものだと思うので… だから、私のこと、心配しなくて良いですからね … ふふ。ご主人様、ありがとうございます 私、ご主人様と一緒にいれて、本当に幸せです …… もう、どうしちゃったんですか? … 私なら、まだいなくなったりしませんよ こうして、ご主人様の側にいます… …… 他にも、側にいるだけじゃなくて。何かできれば良いんですけど… あれ、ほっとしたら、眠くなっちゃいましたか? ふふ、あったかいなんて、変なこと言いますね 普通、ぞわぞわ~って、寒気がするとかなら分かりますけど… でも、そう言ってもらえて、すっごく嬉しいです♪ … 私にも、ご主人様にしてあげられること、あったんだなぁって… ふふ。じゃあ、ご主人様が眠るまで… それとも、起きるまで… ? んー、満足するまで、ず~っとここにいますね♪ なので、安心して寝ちゃって良いですよ… … ふふ。お休みなさい… ご主人様♪ …… ん、すぅ…… すぅ…… すぅ…… すぅ… すぅ…… すぅ…… すぅ…… すぅ… すぅ…… すぅ…… すぅ…… すぅ… …… ご主人、様ぁ…… すぅ…… すぅ…… すぅ… すぅ…… ん… すぅ…… 大好き… です…… すぅ…… すぅ…… すぅ… すぅ…… すぅ…… すぅ…… すぅ…… すぅ――… (■四日目) (§) おっはようございま~す♪ … って、今日は朝早いんですね? がっこう… ?って、なんですか… ? … はあ、ご主人様は、がっこうで、べんきょうをしなくちゃいけないんですね… ? うーん、よく分かりませんけど。私も、そのがっこうに行ってみて良いですか? … 大丈夫ですよぉ~ 私の姿は、ご主人様にしか見えていないんですから … ね、良いでしょ?ご主人様が出かけちゃったら、一人で退屈なんですよ~ 私、お留守番は嫌なんです。… したこと、ないと思いますけど 一人ぼっちなのは、寂しいから… え、本当ですか? … やったぁ、さすがご主人様~♪ じゃあ、早速行きましょう! … ああ、ご主人様は着替える必要があるんでしたね ふふ、私に見られるの、恥ずかしいんですか? 別に良いじゃないですかぁ、着替えくらい 私なら、ご主人様に見られても良いですよ? … もぉ、怒らないでくださいよぉ 冗談ってわけじゃなかったんですけど… まあ、恥ずかしいんだったら、仕方ないですよね じゃあ、部屋の外で待ってますから。着替え終わったら、ちゃんと来てくださいよ? (◇扉を開ける音) … あ。扉… ありがとうございます さっき怒ったのは、照れ隠しだったんですね。ふふ (◇扉を閉める音) ( ◇校内のチャイムの音) (§) わぁ… これが学校… っ。その中の、教室ってところですね 人が、たっくさんいます… ! それに、男の子は、ご主人様と同じ格好をしてますけど、どうしてですか? んー、決まりと言われても、いまいちピンときませんね… 皆、好きな恰好をすれば良いのに… … それにしても、ご主人様が毎日行くところなら、何か手掛かりがあるんじゃないかなぁっ て思ってたんですけど… 見覚え、全然ないですね… ( ◇教室の戸の開閉音) あ、誰か大きい人が入って来ましたよ あの人は、皆さんと同じ服じゃないんですね …… え、『せんせー』…… ですか? …… なるほど。朝言ってた、勉強っていうのを教えてくれる人ですね へぇ… 初めて見ました (◇黒板にチョークで文字を書く音) あれ、せんせーが、何かしてますね (◇ノートに字を書く音) … あ、ご主人様も、同じようなことを… これが、勉強… なんですか? んー、『もじ』、と言われましても… (◇教科書を捲る音) うわ、同じような黒いものが、びっしりと… これが、『きょうかしょ』… ? うーん、良く分からないですね ご主人様が、さっきから言ってる『かく』や『よむ』という言葉の意味も、頭に入って来な くて… … もしかしたら、記憶と一緒に、ご主人様の言う『よみかき』っていうのも、忘れちゃって るのかもしれません… (◇黒板にチョークで文字を書く音) (◇ノートに字を書く音) ふわぁ… 。学校って、退屈ですね… たぶんここ、生きていた頃にも、行ったことないような気がしますし… (◇ノートに字を書く音) … あっ、ご主人様 さっきから、せんせーだけじゃなくて、あの女の子のこともちらちら見てますけど… もしかして、好きな人だったり、します? (◇椅子から立ち上がる音) って、ご主人様 !?急に立ち上がったりしたら… … あぁ、遅かったみたいですね… 。周りからの視線が、痛い… (◇椅子に座る音) … いやぁ、その。まさか、あんなに動揺するとは思わなくて… というかご主人様、私という女の子がいながら、他の子にああいう目を向けるのはちょっと … … モヤモヤ、しちゃいます …… あれ、本気にしちゃいましたか? ふふ、意外と可愛いところありますよねぇ、ご主人様って … ほーら、手が止まってますよ?ふふ (◇ノートに字を書く音数秒ほど流してフェードアウト) (§) (◇外を歩く主人公の足音フェードインしてループ) ふぅ… 。学校って、あんなにずっといなきゃいけないんですねぇ… ご主人様も、お疲れさまでした あの… 体育?でしたっけ それで、すごく頑張ってましたもんね もちろん、ちゃんと見てましたよ サッカーボールを、えいってキックしてましたよねー 頑張ってるご主人様の姿、とってもかっこ良かったですっ … ふふ、ほんとですって … いえ、教室でのアレは、ちょっとからかっただけで… (◇足音ここまで) ところで… ご主人様は、好きな人… いないんですか? ほら、斜め前に座ってた女の子、授業中にちらちら見てたから… そうなのかなぁって んー、ちょっと気になるだけ、なんですか?なんか曖昧ですね… …… じゃあ、例えば… ですけど 私が、好きですって告白したら… 。ご主人様は、付き合ってくれますか… ? ふふっ、ご主人様ぁ、顔真っ赤ですよ~♪ もしかして、本気にしちゃいました? …… だって私、幽霊なんですから。ご主人様と付き合うことなんて、できませんよ? …… ただ、そうですね ご主人様と一緒にいると、毎日が楽しくて… 。あったかい気持ちになります それは、本当ですよ だから、生きていた頃の私は、ご主人様のことが大好きで… 付き合いたいって、思ってたのかもしれません… … まあ、ご主人様はきっと人気あると思うので、どの道、私が付き合うのは難しいんじゃな いかなぁって… …… え、そう… ですか? ご主人様なら、絶対モテモテのような…… いえっ、今度はからかってませんよ そういうご主人様こそ、この子からモテてるとか、モテたことがあったとか、心当たり… あ るんじゃないですか … えー、ほんとですか? 例えば、私… とか …… うぅ。憶えてないんですね… … おかしいなぁ。生きてた頃の私、何やってたんだろ… 陰から見てるだけで、全然行動しなかったとか… ?… はぁ まあ、考えても仕方ないですよね… ご主人様が憶えてないなら、私が思い出すしかないわけですし… とにかく、帰りましょう。今日は疲れちゃいました (◇主人公の歩く音数秒ほど流してフェードアウト) (◇玄関の扉の開閉音) (◇主人公の廊下を進む足音) ふぅ、やっぱり家の中は落ち着きますね~ (◇ソファに寝る音) あ、ご主人様?寝るなら自分の部屋に行きましょうよー ここ、リビングですよ。ソファで寝たら、きっと身体が痛くなっちゃうんじゃ… … あれ、ご主人様? … もしもーし ありゃ… もう寝ちゃってる まあ、あれだけ身体動かしてたら、疲れちゃいますよね… …… んー、何しようかなー。一人で探索するとけっこう疲れちゃうし… このまま、ご主人様の寝顔を見てるっていうのも、アリかな。ふふ … それか、このリビングを探したり… 。でも、ここって何もないんだよなぁ 他に気になることって言ったら…… ご主人様が寝てる、このソファ… 前にも思ったけど、どうして… もっと奥の方に置かないんだろ そのせいで、ヘンな隙間ができてるのに… (◇鈴の音) ―― わ、急になんですかっ ご主人様の悪戯… じゃないですね。ぐっすり寝ていますし… … あぁ、お母さまの足に当たって、転がってきたんですね これは… ちっちゃなボールかな。きっと、中に鈴が入ってるから、あの音が… (◇鈴の音) あっ、持ってかれちゃいました。もっと、聴いていたかったのに… … あれ、どうして… そんなこと…… うっ あ… あぁ、何… これ。頭が、割れるように… 痛っ ご主人様、眠ってないで、んっ、助け… て… っ (◇遠くから鈴の音) … あ、あああぁ…… っ … っ、ああぁ… っ、そう… だっ 私、いつも… あのボールで、オモチャで… 遊んで―― う、あ…… ああぁ…… そっか…… そう、だったんだ…… …… ご主人様… 。私、思い出しちゃいました… 自分が、誰だったのか。ご主人様と、どういう関係だったのか… 全部、… ぜーんぶっ … あぁ、どう… しよう 私… もう、消えちゃうのかも… しれません … あぁ、ご主人、様… … 大好き、ですよ…… (■五日目) (§) (◇ベッドの上で身を起こす音) あ、ご主人様。おはようございます … その、起きたばかりで、まだ眠たいと思うんですけど… 少し、朝の散歩に行きませんか? … 実は、ご主人様に… 伝えたいことができたんです 一緒に歩きながら、お話… 聞いてくれませんか? ふふ、ありがとうございます では、行きましょう (◇主人公の外を歩く音フェードインしてループ) …… ご主人様、この道のこと… 分かりますか? … はい、確かに通ったことはあると思いますよ ご主人様はこの町で、ずぅっと暮らしてきたんですから … 私が言いたいのは、道順… ですかね ここを真っ直ぐ歩いて、分かれ道のところを右に曲がると… 小さな公園が見えてきます その先には川が流れていて、でも… まずはこの公園に寄るんですよね (◇足音ここまで) … ご主人様。私が何を言いたいのか、もう分かってきたんじゃないですか? … ふふ。少しもったいぶっちゃいましたね 実は私、自分が誰なのか… なんで成仏できなかったのか、昨日… 全部思い出したんです えへへ… 急で、びっくりしましたよね …… はい、勘違いなんかじゃありませんよ だって、ここ… 。毎朝、ご主人様と一緒に、散歩してましたよね 途中でこの公園に寄って、キャッチボールで遊んで… … 懐かしいですよね ご主人様だけじゃなくて、家族の方もすっごく優しくしてくれて… ほら、数日前に見せてくれた写真、ありましたよね あの中に写ってる私、とっても幸せそうに笑ってました …… はい、そうです 私の本当の名前は… れいちゃんじゃなくて、『ポチ』って言うんです ご主人様が名付けてくれた、大切な私の名前… …… 信じられませんか?私が、ご主人様の飼い犬の、ポチだってこと …… まあ、それは… そうですよね 自分の飼ってたペットが、幽霊として… しかも、人間の姿で現れるなんて… んー、どうしたら信じてもらえるかな… ご主人様にしてもらったことを、一個ずつ挙げていくとか… えっと… キャッチボールのことは言ったから… 遊んだ後のこと… 汚れちゃった時は、お風呂に入って、洗ってもらったりしましたよね まあ、正直お風呂は苦手だったんですけど… その後は優しくブラシをしてくれて… ご褒美のボーロをくれたり あとは、夜になったら、一緒のベッドでくっ付いて寝ましたよね… … あれ、ご主人様、泣いちゃってますか? … ダメですよ。まだ… 話したいこと、たくさんあるんですから… 最期まで、聞いてくれますか? では… まず、成仏できなかった理由について… … それは。ご主人様と、お話したかったから… なんですよ いっぱい話して、自分の言葉で「ありがとう」って伝えたかったんです … だって、動物は… 人間の話してることは分かっても、同じ言葉で喋れませんから… ご主人様が、家族の方と話しているのを見て、私、すごぉ~くうらやましかったんです でも、私は吠えることしかできなくて… 結構、寂しかったんですよ? … 神様もいじわるですよね… ? どうせ人間の姿にしてくれるんだったら、なんかすごい力とかで、普通の人間にしてくれれ ば良かったのに… でも、ご主人様と話せるようにしてくれただけで、神様には感謝です♪ まぁ、所々分からない言葉もありましたけど… …… ご主人様。私が、こうやってここにいられるのは… きっと今日が最期なんです その証拠に、ほら… 。今までより、少し体が薄くなってきてますよね … だってもう、心残りだったこと、ぜんぶ… 叶えちゃってますから だから、今のうちに伝えておきたいこと、いっぱい話します 覚悟してくださいね? … えっと、まずは… 私、ご主人様と一緒にいられて、ご主人様の家族になれて、本当に嬉しかったです! 捨て犬だった私を連れ帰って、そのまま家族に迎え入れてくれて… 今回も同じでしたよね 幽霊になって、彷徨ってる私を家に連れ帰ってくれて… 前も、今も。ご主人様のお家に来てからは、本当にたくさんの思い出をいただきました 感謝しきれないくらい… たくさん … ご主人様。私のこと、二回も迎え入れてくれて、ありがとうございました ずっと、ずっと一緒にいてくれて、 いっぱい、いっぱい… ありがとうございましたっ … えへへ… 良かった… 。ご主人様に、直接伝えられて… あぁ… 、ご主人様、涙… 出ちゃってますよ… もう… しょうがないですね… ご主人様が泣いちゃったら… 私まで… 泣けてきちゃうじゃないですかぁ… っ うぅ… ぐすっ、ひぐっ… うううぅ、うあぁぁぁ…… ご主人様ぁ… ぐすっ、せっかく泣かないって、決めてたのにぃ… ぐすっ… ぐすっ… ご主人様には、私を泣かせた罰を与えますっ 私が消えちゃうまで、ずっと、ぎゅ~ってしてください! … 触れなくても、関係ないんです そんなこと、どうだっていいんです だから、私のこと… 。あの時みたいに、ぎゅって…… ―― ぁ、あぁ…… ご主人様ぁ…… … あったかい、です…… 触れないのに… 。確かに、ぬくい… です 生きていた頃は、毎日こうして、一緒に寝てたから… っ あぁ…… 私、本当に幸せでした… 最期も、ご主人様の… あったかい腕の中で… なんて… っ うぅ… ぐすっ ご主人様、私… もう、大丈夫です ご主人様から、幸せをいっぱい分けてもらったので… … だから、今度は、ご主人様の番ですよ? これからも、いっぱい、いっぱい… 幸せになってください 私、ずぅっと見てますからね?絶対ですよっ … はい、ありがとうございます … ご主人様 ずっと、ず~っと、大好きですっ (◇少し間を置き、鈴の音) (■六天国) (§) う… ここは… ? もしかして… 天国? そっか… 私、成仏できたんだ… … あれ? でも、なんでまだ、人間の姿で… ―― うわぁっ、誰っ … も、もしかして、神様… ですかっ …… じゃあ、やっぱりここって、天国… なんですね… じゃあ、この姿も… 言葉も、全部… 神様が… あの、私、あなたに言いたいことがあるんです 神様、ご主人様に会わせてくれて、お話できるように言葉を教えてくれて、本当にありがと うございます! 私、神様のおかげで、やり残したこと、いっぱいいっぱいできました! すっごく嬉しかったです! … ただ、ちょっと恨んでることもあるんですよ? だって私の記憶、綺麗さっぱり消しちゃうんですもん… 最初から憶えていたら、あんなに苦労しなくて済んだのに… そういうこと、できないんですか? 幽霊になって、また大好きな人に会えるのは嬉しいんですけど… 記憶がないんじゃ、私以外にも、独りぼっちの幽霊とか、いっぱいいると思うんです それに、成仏できなくて、怖がられてる幽霊も… だから、できるなら、ちゃんと記憶もそのままにして、大好きな人のところへ行けるように してくださいっ 私、幽霊になってみて分かりました 幽霊って、怖いものばかりじゃないんだって 実は私みたいに、なんで幽霊になったのかわからない、すごく寂しい思いをしている子もい っぱいいるんじゃないかって… だから… もう私ができることは何もないですけど、その代わりに神様がなんとかしてあげ てくださいっ 約束、ですよ… っ …… ふぅ… 。ちょっと、熱くなっちゃいましたね… … はい。やり残したことは、もうないと思います … いえ、本当にそうかと訊かれたら、嘘になっちゃうかもしれません ご主人様の側にいたら、やりたいこと、いっぱい出てきちゃいますから … でも、あの時やりたかったことは、全部済ませてきたつもりです なので、やり残しはまだあるのかもしれませんけど、心残りは… 全くありませんっ …… ふふ、本当ですよ? 私だけじゃなくて、ご主人様も、もう大丈夫ですっ … だって、私が見てるのに、いつまでも泣きじゃくってるような、そんなご主人様じゃない んです …… はい、信じていますよ 私の大好きな人は、優しくてかっこ良くて… 笑顔の似合う、素敵な人なんです … だから、ご主人様 これからも、あなたが幸せでいるところ、私にたくさん見せてくださいね? この空の上から、ずっと、ずぅっと見守っているので… … 約束、ですよ?ふふ (END)