@『【プロローグ・二年前の四月】新しい出会いには新しい服を』 【ゆずこ】 「ねえ! ……ちょっと待って。 こっちにしない? 爽やかな、春の色! じゃなかったら、あっち! さっき一回手に取って、棚に戻した服。気に入ってたんじゃないの? 『似合わないと思う』? そんなことなくない? 似合うよ! このデザインなら、店の制服の下に着ていいんでしょ? これ着たあんたを見て、めろめろになるお客さんがいるかもよ。 いや、恋愛に限った話じゃなくて。もっと……広い範囲の話! あんたの新しい友達になる人かもしれないし。 ずっと一緒に働いていく人かもしれない。 つまり。どこに運命の出会いがあるかわかんないんだから。 せめて、いつもいい感じの服を着てほしいってだけ! ……たとえば、この服を着た日。 『城倉珈琲店(しろくらこーひーてん)』に来た、お客さんに対して。 あんたが何の気なしにした親切が……。 巡り巡って、あんたをとても、幸せにする。 そんなことが起こる! 気がする。 もし、特に何にも起きなくて。 独りぼっちだって思った時は……あたしがいるから。 だから、これにしてみない? よし! 試着して来い!」 *** A『【二年前の六月】はじめて話した日』 【みちる】 「あっ……。 すいま……せん……。 ありがとう、ございます。大丈夫、です……。 特に何かあったとかじゃ、ないので……。 ほんと、ごめんなさい……。 あっ……。 あ、ありがとうございます……! はい。時々。来させて、いただいてます……。 このお店。とても、すてきで。来ると、落ち着くって、いうか。 ほっとするんです……。すごく、好き。なんです。 本当ですか……? いつでも来て、いいんですか……? ありがとうございます……。飴も、ありがとうございます……。嬉しい、です……。 大切に……食べます……」 *** B『【二年前の八月】アルバイト志望です』 【ゆずこ】 「暑くなってきたわね。お話ってなあに? ……これ、誰のセリフだっけ?  まあいっか。 しかし偉いですなあ。休みの日も店にいるなんてさ。 ああ、アルバイトの求人出してるの。 店に直接問い合わせがあるかもしれないから、つい待機しちゃってるってわけね。 ……誰か、心当たりでもあるとか? 応募してきそうな人に。 『そんなんじゃない?』 ふーん、どうだか。で、話ってなんだっけ。 うん。水色のブラウスの、ブレザーの学校? 一の森(いちのもり)じゃない? 今年に入って制服変わったらしいよ。あそこ。 一の森の子となんかあった?」 【みちる】 「あの! 表の張り紙を見て来ました! い。いつも来てる……羽鳥です! ここで働き、たいです。履歴書持ってきました。 面接。受けさせてください!」 【ゆずこ】 「……なるほどね?」 *** C『【二年前の八月】ご挨拶』 【みちる】 「羽鳥(はとり)みちるです! 公立一の森(いちのもり)の一年生です。 接客のアルバイトは初めてです……。 でも、先輩と一緒にこのお店で働くのが、夢でした! 先輩。今日からご指導のほど。よろしくお願いします!」 *** D『【二年前の十二月】日頃の感謝を込めて』 【みちる】 「……あ! 先輩! お疲れ様です! 先輩を、待ってました。 あの! これ、受け取ってください! 中身は、お菓子です。 お仕事で、疲れてると思うので……甘いもの、どうぞ! 先輩。いつも本当にありがとうございます。 この前、ミス。しちゃった時も。 先輩がすぐ気づいて、代わりに対応してくださったから……トラブルにならずに済みまし た。 あの時は、本当に申し訳ありませんでした。 ……でも、優しくフォローしてくださって。 『こういう時のために、私がいるんだよ』って言ってくださって。 本当に嬉しかったです……。 だから、その。 本当は、お誕生日に何かお渡しできたら、って思ってたんですけど。 今年はもう間に合わなかったみたいなので……。 日頃の感謝の気持ちということで。 受け取って、ほしいです! あ……! ありがとう。ございます! あ、それは、その……。 ごめんなさい、中身はおうちに帰ってから見ていただけると、嬉しいです! すみません、失礼しますっ! お受け取りいただきありがとうございました! お疲れ様 でした!」 *** E『【一年前の一月】はじめての訪問』 【みちる】 「こんばんは。羽鳥です! 明けましておめでとうございます。先輩! 本日はお招き、ありがとうございます! あっこれお菓子です。母がよろしくお願いしますと……! とんでもないです。先輩には本当にお世話になってるので。 うちの両親、わたしがお店の話、家でよくしてるせいか。先輩のこと大好きで。 今日、遊びに行くって言ったら、持っていきなさいって……。 どうぞお召し上がりください。 はい! お邪魔します! あっ、はい。恐れ入ります。じゃあこの辺に座って……待ってます。 先輩のおうち、すごく素敵ですね……! 可愛くて、おしゃれです! 先輩って、こちらにお住まいだったんですね。 お店の裏手にある、大きなおうち……。 すごく素敵な場所だから、一体、誰が住んでるんだろうって思ってました。 先輩はここに、お一人で? やっぱりそうなんですね……こんな広くて、映画に出てきそうな家に一人暮らしなんて、羨ましいです! 友達も、先輩のこと『『デキる女』って感じでかっこいいね』って言ってましたよ! そうです! あの二人です。 はい、実は先輩と初めてお話しした時、わたし、学校に友達が一人もいなくて。 ぼっち、だったんですけど……。 後期になってから、選択授業が始まって。それがきっかけで、友達ができたんです! あの時はご迷惑おかけして、本当に申し訳ありませんでした。 でも、今は学校も、すごく楽しいです! あっ、ありがとうございます……。 あの、先輩。先日はありがとうございました。 お菓子と、一緒に入れた、手紙……読んでくださって。 お。お返事までもらえちゃって。 『お返しに、うちでご飯でもどうですか?』って言っていただけるなんて、夢みたいです。 手紙にも、書きましたけど……先輩はわたしの憧れなので。 今日一緒に過ごせるのが、とてもハッピーです! よく、お店の皆も遊びに来たりしてるんですか? えっ? そうなんですか? 先輩がここにお住まいなのは。他はバリスタの金剛寺(こんごうじ)さんしかご存じでな い? わ、たし。来てもよかったんですか? あ、そうですよね……。女性で、お一人だと、不安なことも多いですもんね。 はい! 秘密にします! ふふ、先輩と秘密……嬉しいなあ。 あ、の。先輩。わたし、先輩よりだいぶ年下だし……。 お話してて。子どもだなって思うこともあるかもしれないんですけど。 これからも親しくさせていただけたら、嬉しいです! ありがとうございます! はい、では、いただきまーす!」 *** F『【一年前の五月】わたしに甘えてくれませんか?』 【ゆずこ】 「んーっ。すっかり暖かくなりましたわねぇ。 今年、ほんと寒かったよね。四月になっても雪残ってたし。 へえ、週末もみちるちゃんと会ってたんだ? 一冬でずいぶん仲良くなったのねー。 いや、お互い休みの日でも、やっぱりこの店で茶ぁ飲んでるあたしらも。 相当仲良しだけどネ……。 あの子一の森(いちのもり)の……先月二年になったばっかか。 うちらと何歳差だ? ちょっと歳離れてるよね? でも話合うんだ! いーなー、そういう友達。 あの子いいよね。真面目だし。 どっちにしろ。あんたが家にあげるなんて、よっぽど気に入ってるんだね。 おっ、噂をすれば本人が。 おーい。みちるちゃん、ここだよー」 【みちる】 「ゆずこさん、先輩、こんにちは! 先輩、今日はお休みのところすみません……。 明日からテスト期間でお休みいただくので……お借りした本、お返ししに来ました。 その、すごく感想を語り合いたい本だったので……早くお会いして、お伝えしたくて! ゆずこさんもこの本お読みになられました?」 【ゆずこ】 「読んだ読んだ。それさ。主人公があんまり…… 不運で! 腹立っちゃったよ。 読み終わった後『こんなのってあるか!』って怒り狂ってこの人に電話しちゃったもん。 ねえ、みちるちゃんはこの本を読んで……。 ねぇ。今入ってきたのって。あれって……あいつ……? なんで、来てんの。 ……ねえ。あんた、何しに来たの?」 【みちる】 「……先輩。大丈夫ですか? さっきの人、ですけど。 もう、来られないと思います。ゆずこさん、すごい剣幕でしたし。 金剛寺(こんごうじ)さんに、即、追い出されてましたし。 うちのお店にはあんな筋骨隆々のおじさ……いや、オネエさんがいるんですから! 安心、 安心です。 あの人。……先輩と昔関わりのあった、人なんですね。 なんか……。先輩? 大丈夫ですか? でも……。先輩、なんだか……。 あ、の……。考えたん、ですけど。 こんなのは、どうですか。 先輩は。別にわたしに甘えたり。頼りたいなんて思ってないけど……。 わたしが今『どうしてもお願いします』と言ったので。 仕方なく、わたしに付き合って。抱きしめられる、だけ。 しょうがなく……頭を撫でられる、だけ。 ……って、いうのは……。 先輩……。 はい。大丈夫ですよ。ここは安全です。あの人はもう来ません。 ……もし、来たとしても。 ……また皆が助けてくれます。だからもう、大丈夫ですよ」 *** G『【一年前の六月】習い事を始めました』 【みちる】 「あっ、先輩! こんにちは!  こんなところでお会いできるなんて! わあ。今日はついてるなあ。 はい、テスト終わりました! 明後日から、バイト復帰できますよ。 先輩はお買い物ですか? ああ、これですか? わたし、今日から空手習い始めたんです! 今はその帰りなんですよ。 『どうして?』と、言うと。 その、強くなろうと思って。 ……いざという時のために? だから、ひょろひょろの『もやしっ子』は卒業することにしました! これから、強くなりますよ。もっと先輩のお役に立ちます! あっ。もちろん、バイトは続けますよ! これまで通り行くので……勤務時間は減らさないでくださいね! ……あの。実はこれ。先輩のお陰なんです。 武道。元々、興味はあったんですけど。なかなか勇気が出せなくて。 でも。わたしが以前先輩に『やりたいことがあるけど、自分にできるか、続けられるか不安だ』ってご相談した時。先輩は、こうおっしゃいましたよね。 どんなことも、始めてみるのが大切だって。 もしうまく行かなかったとしても、新しいことに挑戦する気持ちは、とても素晴らしいものだって……。 だから、始めてみることにしました。 わたし。先輩のお陰で前向きになれたんです! えっ? 今日これからですか? 何にもないです! 暇です! すごく暇です! わあ、嬉しいです! い、今お母さんに連絡しますから。あ『お母さん』って言っちゃった。 母に、遅くなると伝えますので……ぜひ夕食、ご一緒させてください!」 *** H『【一年前の六月】付き合わないの?』 【ゆずこ】 「話したのー? みちるちゃんに。 『何が?』って。白々しいぞ? まあ何がとは言いませんけど。 あんたがこの前みちるちゃんに貸した本ってさあ。あたし覚えてるよ。 あんたにそっくりな人が主人公の話じゃん。 つらいことがあって、ひとりぼっちになって。 ……でも、年下の素敵な人に出会う女の人の話。 ええ。そろそろ、正直になられたらよろしいんじゃないかということです。 もちろん、色々悩んじゃう理由もわかるけど。いいと思うよ、あたしは。 あの本は……本当にあった話だから。ハッピーエンドなのか微妙だし。 年下の恋人は、いつも完璧とは言えなくて。 一部の展開にはあたしも怒り狂いましたけど……あの本を貸したってことは、あんたはみちるちゃんに、自分のことを間接的にでも知ってほしい。そう思ったってことだよね。 みちるちゃんは。あんたの話なら、楽しくない話でも、つらい話でも。真剣に聞いてくれると思うよ。 だから、話してみればいいと思うのです。 その後のことはその後考えればいいじゃない。 今日来て思った。なんか明るくなったよね。この家。 前こんなのなかったよね? 見え見えですよ……年上の、おしゃれなお姉さんを気取ろうとするあんたの魂胆が……。 見え見えなんだからさ。素直になっとけよ。 それに、もしなんかあったら、またあたしが喧嘩してやる。この前あいつが来た時みたいにね! あ、それは大丈夫? ふふ。……うん。あたしも大丈夫だと思う。 応援してるよ」 *** I『【一年前の七月】告白』 【みちる】 「先輩。あの、お話というのは……。 はい。なんとなくわかってます……わかって、るんです。 詳しいお話を聞かなくても。先輩には、わたしに出会うまでに、たくさん辛いことがあって。 それが理由で。今は、あまり。恋愛とかには積極的になれない。っていうのも……。 だからわたし、その……。 ……やっぱりお待ちください! 先輩。わたし、お伝えしたいことがあります! 先輩。……これ覚えてますか。 覚えてないですよね。先輩が、初めてわたしに声をかけてくださった時にくれた……飴の包み紙です。 『こんなものを』って思うかもしれないんですけど……わたしは、今でもこれが、大切な宝物なんです。 ……あの時、先輩に話しかけてもらえて、本当に嬉しかった。『友達ができない。学校行きたくない』なんて、今じゃ笑い話ですけど。あの時は本当に辛かったから。 先輩。わたし、あの時からずっとあなたのことが好きです。 先輩がくれた、優しい言葉。貸してくれた本。一緒に食べたご飯の味。 どんな些細なことでも、わたしは全部覚えてます。先輩がくれるものは、全部わたしの宝物だから。 だから、何もいらないです。今までと何も変わりなくていいんです。 ただ、先輩が困った時や辛い時に……。 この人のことは頼っていいんだ。気軽に電話したり、急に呼び出していいんだって思える人に、わたしを加えてくれませんか。 わたし、年下だけど。チビで、頼りないかもしれないけど……。誰よりも先輩が好きなんです。先輩がいるなら、何でもできる気がするんです。先輩の力になりたいんです! だから……だから。 ……えっ? はい。聞きます。 はい……。そう、ですよね……わかってます。 え? それはわたしも一緒です! わたしも! わたしもです! あっ……その……それは……? あの。話を総合すると。 先輩も。わたしと同じように思ってくださってる。ということになるのでしょうか……? あ……ぁ……あ……。 せんぱーい! 大好きです! 絶対、幸せにしますので……わたしとお付き合いしてください!」 *** J『【一年前の十月】はじめてのキス』 【みちる】 「せんぱーい? 具合、良くなりました? うん。少し顔色が良くなられてますね。安心しました。 はい。うつる類のものではないと、わかっていますよ。 今朝、先輩が体調崩したって聞いて。 お母さんまで『お見舞い行く!』とか言ってたんですけど。それは止めたので大丈夫です。 今日はわたしが。先輩のお世話をさせていただきますからね。 いいんですよ! こういう時のために、わたしがいるんです。 ……この言葉、覚えてらっしゃいますか? 昔、先輩がわたしにおっしゃった言葉です。 あれは、嬉しかったなあ……。 最近思うんです。わたし、先輩のことが大好きだけど。 きっと、先輩とどうにかなりたかったわけじゃなくて。 ただ、わたしにたくさんのものをくれた先輩に……。 何かお返しできる人になりたかった。それだけなんだって。 今日は少しそれが叶ったみたいで、嬉しいです! さ、眠っててください。わたし、あっちでゲームしてますから。 してほしいこととか、欲しいものとかあったら、すぐおっしゃってくださいね。 ご用意しますから! 声を出しづらかったら……え? ふふ……こうですか? わかりました。先輩が寝ちゃうまで、こうして、手を握っていますね。 手繋いでると。すごく、安心しますよね……。 え? まだお願いが? はい! なんなりとどうぞ! えっ……それは。いいんですか……? 断るわけないです。 先輩と……キス。したいに決まってるじゃないですか……。 先輩……はい……。 ちゅっ……。 あの。先輩……嬉しいです……。 もう一回。したいです……。 ちゅっ。ちゅっ。ちゅっ……ん……。 あ、あの。わたし、今、初めてキスしました。いやもう……四回? あっ……ちゅっ。 これで、五回。ですね……。 はい……。あっちの部屋にはいきません。ずっと手をつないでいます。今日は……泊まっていきますから。 何でもお願いしてください。体調が良くなるまで。ずっと、ずっと先輩のそばにいます。 だから……。 ちゅっ。 先輩。大好きです……」 *** K『【今年の三月】大丈夫ですよ、先輩』 【みちる】 「……ん? 先輩……? 起きて、たんですね……。 ……ふふ。 もしかして……怖いこと、思い出しちゃったんですか? それで眠れなく、なっちゃってたんですか? 起こしていいのに。 わかりますよ! わたし先輩マニアですから。 隠したって。先輩のことは何でもわかっちゃうんです。ふふ。 大丈夫です……大丈夫ですよ、先輩。 みちるがここにいます。 何があっても、絶対に先輩のことが好きで。絶対離れていかない人がここに一人いる。 そう思うと……少し、安心しませんか? 頼りない、わたしかもしれないけど。先輩が『いやだ』って言ったって……。 ほら。わたしは。先輩の手を放しません。 大好きですよ……。ずっとわたしは、先輩のそばにいます。 だから、安心して眠ってくださいね」 *** L『【一か月前】わたしの『してみたいこと』リスト』 【みちる】 「先輩……悲しいお知らせです……。 此度もテスト期間が迫って参りました……。 これ、勤務希望です。この日から、二週間お休みを頂戴します……。 はい。わたくしも身を切られるような痛みを感じております……。 そこでわたし……今回このようなものをしたためてみました。 その名も『してみたいことリスト』でございます。 内容は、名の通りでございます。 先輩と、してみたいこと。行ってみたい旅行先から、映画で見た憧れのシチュエーション。 果ては、個人的な妄想まで。もろもろ詰め込んでみてございました。 あっ壁ドンとか派手なのはないです……先輩のキャラクターを考慮した上で執筆しましたので。 次に、お会いする時までに。『これだったら、してもいいかな?』って思えるものがござい ましたら。 考えておいていただけたら……嬉しいです!」 【合計6794文字】