タイトル:放課後の相合傘に名前をかいて シナリオ:松宮望 ■トラック1 なにやってるんだろう、私…… 放課後の教室、黒板を消しながら、思わずぼやいてしまう。 委員長代わりにやっておいて…… 軽い言葉を投げ捨てて、みんな帰ってしまった。 一心不乱に黒板を消していると、チョークで書かれた相合傘を見つけた。 ああ、あの子たちか…… クラスの女子と、男子のことを思い浮かべる。 私が通うこの学校にはちょっとした有名な話がある。 卒業生である芸能人が、何らかのインタビューで「誰もいない放課後の教室で昔一緒に相合傘を書いた」と恋人とのエピソードを語ったのだ。 そのインタビューに影響されてか、うちの学校で相合傘を書いた男女は結ばれる。 放課後の教室で、相合傘を書いた恋人同士は永遠に結ばれる。 そんな話が広がっていった。 ふふっ。 思わず笑ってしまう。 永遠なんてないのにね…… 私は相合傘の名前を消していく。 ふたりの名前を消し終わったあと、なぜか私は黒板消しを置き、チョークを握っていた。 そして、相合傘に自分の名前をかいた。 美月と。 きっと魔が差したってやつ。 ちょっとした悪さをしたい、ちょっとした青春を感じたい。 そんな気持ちで書いただけ。 相合傘に男子の名前を書こうと思ったけれど、名前を思いつかない。 付き合っている男子はいないし、好きな男子もいない。 悩んでいると、一人の男子の顔と名前が浮かんできた。 それと…… 広い体育館で、ひとり寂しく、シュート練習をしている姿…… 私はぶんぶんと首を振った。 あんなのは恋とは呼べないと思う。 ばかばかしい…… 私は相合傘を黒板消しでこする。 手を伸ばし、背伸びをして、黒板の上のほうを消そうと頑張る。 だけど、私の身長だと、上のほうに届かない。 椅子を持ってこようかなと、あきらめようとしたとき、「貸して」と男子の声がした。 誰かに声をかけられるとは思っていなくてビックリしたし、さっき思い浮かべた男子が立っていたからさらにビックリした。 動揺して動けない私に、「届かないんでしょ?俺が消すから貸して」と優しく言ってくる。 私は無言で黒板消しを彼に渡す。 私より高い身長を使って、私では届かなかった場所をゆうゆうと消していく。 消し終わった後、「ほかにやることは?」と聞かれ、「これで終わり」と私は答える。 「いやなら断ったほうがいいよ」と彼は言った。 「断ること苦手だから」と私は答える。 彼は少し黙り込んだ後、「帰宅部だから放課後は暇なんだ。今度から声かけて。あとこれ使って」 そう言って、私にポケットティッシュを手渡して、彼は教室から出て行ってしまった。 なんでポケットティッシュ? 不思議に思っていると、涙が頬を伝って床にポタリとこぼれ落ちた。 ■トラック2 おはよう、今日も眠たそうだね。 昨日も徹夜でゲーム? ほんとう、男子ってゲーム好きだよね。 「美月も好きじゃん」 私も好きだけど、君ほどじゃないよ。 君とは違って、私はちゃんとプレイ時間を決めてしてるんだから。 一気に進めるんじゃなくて、コツコツ進めるのが好きなの、私は。 えっ、もうそんなに進めたの? まって、ネタバレしないで! つぎどうなるか楽しみにしてるんだから。 ちょっと!なんで楽しそうにしているの! ダメだからね、ネタバレは禁止だから、禁止だからね! 絶対言ったらだめだよ。 も~、君ってたまに意地悪になるよね。 意地悪を言う君には、もうテスト勉強付き合ってあげないよ? 宿題だってもう見せてあげないんだからね。 なにその、宿題忘れちゃった、みたいな顔。 「宿題忘れた」 は~、あきれた~。昨日ちゃんと伝えたのに。 大丈夫って言ってたよね? 数学の先生怒ると怖いから、忘れっぽい君のことを心配して、電話してあげたよね。 だいじょうぶ、だいじょうぶ、このあとちゃんとやるから。 美月は心配性だな~、母さんみたい、あはは~ な~んて言っていたのは、どこのだれだったかな~ 確か私の隣に座っている男子だった気がするんだけどな~ 「宿題を見せてくれ」 え~いやだよ。宿題は自分でやるものです。 「そこをなんとか」 だ~め、君が意地悪したせいで今すっごく機嫌悪いの。 も~、しょうがないな~。 でも、見せるのはダメ。 教えることはできるから、早く始めよう。 どうしたの?そわそわして。 教科書忘れたの? 宿題も忘れて、教科書も忘れて、キミなんのために学校来てるの? 「俺が忘れたのは笠村のせいだぞ」 いやいや、なんで忘れたのが私のせいなのよ。 「教科書もって帰れって言ったの笠村だろ?」 なにその言い訳。 普通、教科書は家に持って帰るものです。 学校の校則でも置き勉は禁止だし、私、委員長だよ? キミの置き勉は許さないから。 はいはい、言い訳は結構です。 教科書見せてあげるから、机くっつけて 「なあ、笠村、この相合い傘」 なに? ん?なんで急に相合い傘の話…… 違うの! これは違うの! 「何が違うの?」 あっ…… ごっ、ごめんなさい。違うくないです。 正しいです、はい。私の間違いです。 ごめんなさい。 ちょっとちょっと~、何笑ってるの。 キミのせいで大恥かいたんだよ。 「俺のせいじゃないし」 それは、そうだけど。 私のせいだけど…… あのね、違うんだよ。 この相合い傘はね、昨日……、えっと……ドラマ! ドラマでヒロインが教科書に相合い傘を書くシーンがあって、私も真似しただけなの。 キミの名前を書いたのは、その…… 私の一番親しい男子がキミってだけで…… 好きってわけではなくて…… だからその……お願いだから、このことは忘れて。 「わ、わかった」 うん、ありがとう。 ほら、しっかり授業聞かなくちゃ。 質問いいかな? 私との相合い傘を見て、どう思った? ……私たちって友達でしょ。 ただの友達に、勝手に相合い傘を書かれて、どう思ったのかなって……。 ううん、いい、やっぱり言わなくていい。 ごめんね、忘れて。 「嫌じゃなかったよ」 あっ…… そっか……。よかった♪ ふふっ♪ ■トラック3 あの……今日も掃除当番だけど。 えっと、昨日も用事あるって言っていたよね。 今日も用事あるの? 「文句あるの」 ううん、文句なんてないよ! そんなにかからないで終わると思うから、手伝ってもらえると嬉しいなって思って…… 「彼氏とのデートで急ぐから」 そっか、彼氏とのデート…… それは急がなくちゃだよね。 うん、わかった。用事があるなら仕方ないよ。 私がやっておくから、大丈夫。 また明日…… はぁ~、今日もダメだった~ 彼氏とのデートなんて掃除終わってからでもいいじゃんか~ 急ぐ必要なんて絶対絶対ないよ~ なんで大丈夫って言っちゃうんだろ~ はぁ~ 「俺には普通にダメって言ってるじゃん」 あー、キミには普通にダメって言えてるね、私。 う~ん、キミにダメって言えるのは、たぶんキミが特別だからだよ。 ほっとけないっていうか…… 私が面倒見てあげなくちゃ! ……みたいな? 「俺、そんなにダメじゃないぞ?」 え~、ダメダメだよ~。 しっかりしてそうで、結構抜けているところあるし。 今日だって宿題と教科書忘れてくるし、たまに私に意地悪言ってくるし。 「笠村だって抜けてるところあるじゃん」 私は普通にしっかり者だよ? 成績だって上位だし、クラスの委員長だからね。 ダメダメなクラスメイトは、私がしっかり目を向けていないとね。 「教育ママかよ」 誰が教育ママよ。 でも、教育ママか…… 優しい夫と、可愛い子供、幸せな結婚生活…… えへへ、いい、すごくいいかも…… えへへ~ 「掃除しよう」 はっ! うん、そうだね、掃除しよう。 ……また相合い傘書いてる。みんな本当に好きだよね。 ……いま「おまえがそれ言うの?」って思ったでしょ。 ほんとかな~。 「笠村は相合い傘を書きたいとは思わないのか?」 私? う~ん、恋人ができたら、私も書きたいとは思うけど、相手がいないしな。 だから、教科書のことは忘れてよ。 あれは、魔が差しただけなんです。 もう……。 そういうキミは、その……気になる相手っていないの? ……一緒に相合い傘を書きたいような女の子。 「いない」 そっか、いないんだ……。 それなら…… 私が名前を書いてあげようか? キミが相合い傘に名前を書いたら、その隣に私が名前を書いてあげる。お互い恋人がいない、好きな人もいない、それって寂しいよね。 灰色の高校生活に、色をつけるつもりで、相合い傘に私たちの名前を書いてみない? あはは、な~んてね。うそうそ、冗談だからね。 授業中にも言ったけど、ぜんぶ冗談だから。 本気にしたらダメだよ? それじゃ、掃除終わらせちゃお♪ ■トラック4 雨、急に降り出しちゃったね。 さっきまで普通に晴れていたのに。 午後から雨って予報では出てたけど、やっぱり当たるものだね。 一応、傘持ってきといて良かった。 キミは傘持ってきてる? 「持ってきていない」 そっか……。 それじゃ、私の傘に入ってく? キミの家、ちょうど帰り道の途中だし、いいよ? 「悪いって」 ダメだって、ずぶ濡れになっちゃうよ。 それに初めてってわけでもないでしょ? それとも、キミは私と一緒の傘に入るのが嫌なの? 「嫌じゃない」 ふふ、決まりだね。 肩、濡れてるよ。 「いいよ」じゃありません。 濡れたら、せっかく傘に入っているのに、意味ないでしょ。 もっとこっち来て。 よろしい♪ ねえ……何かしゃべってよ。 「何かって何だよ」 何かったら、何かだよ。 なんでもいいよ。 キミの好きな話題で喋ってよ。 「美月が話題提供してくれ」 えっ、私? えっと……、その……、雨、降ってるね? ちょっと、ちょっと、笑わないでよ。 こういうときは男子のほうから話題を振ってくれるものだよ。 「そうなの?」 そうだよ、そういうものなんだよ。多分……。 ふふ、なんだかおかしいね。 教室では結構しゃべっているのにね、私たち。 「難しく考えなくても俺たちらしい会話で良いんじゃないか?」 私たちらしい会話か……。 やっぱりアニメやゲームとか? あっ、そうだ思い出した。 この前キミが勧めてくれたアニメ見たけど、何を思ってあのアニメを私に勧めてくれたの? 「何のアニメ勧めたっけ」 忘れてるし。 イケメンイケボの最強ホスト軍団にベタ惚れされ全肯定された家無しFラン女子大生の私が現実世界で無双する。 ってアニメだよ。 「笠村が好きそうと思って」 ぜんぜん好きじゃないよ!? 私のこと思いっきり勘違いしてない!? 私、イケメンイケボ男子にも、ホストにも、全肯定にも興味持ってないよ! 「見なかったの?」 いや、まあ、見ましたけど……。 全26話、夢中になってぜんぶ見ましたけど……。 ついでに原作コミックスも買っちゃいましたけど……。 違うんだよ! 主人公の女の子がとても魅力的だったんだよ! 私がイケメンイケボが好きなわけでも、ホストが好きなわけでも、全肯定されたいわけでもないんだよ。 あくまで「主人公の女の子」に興味があって、見ちゃっただけなんだよ。そこ勘違いしちゃダメだよ。 「そんなに魅力的だったかな」 え~魅力的だったよ。 特に21話は神回だったよ。 主人子のサクラちゃんがナンバーワンホストの九条君にプロポーズされて、「わたし、ホスト遊びより仕事が大事なの」って、涙を浮かべながら断るシーンは、本当に感動した。 私も思わず涙出ちゃったもん。 本当は遊びたいのに、自制心を失わずに、学費のためにバイトを頑張る主人公の姿に、ホンモノの「強さ」を見た気がしたよ。 「感情移入しすぎだろ」 呆れた顔してるし。 ふんだ、いいもん。 私はあんな風に強い女の子になれないって分かっているけど、憧れるのは自由でしょ。 「強くなりたいの?」 えっ、もちろん。 強くなりたいって思うよ。 自分の考えを曲げない程度には、強くなりたいって思う。 「別に強くなる必要ないだろ」 そっか……。 キミは今のままの私でもいいんだ……。 家、着いたね。 また、明日。 バイバイ♪ ■トラック5 お疲れ様。 質問責めで疲れたよね? あはは、だよね~ ごめんね、今日は来てもらって。 お母さんがどうしてもキミに会いたいって駄々こねて。 まさか、雨の日に一緒に帰っていたのを、お母さんに目撃されていたなんてね。 その日の夜なんて大変だったんだからね。 あの男の子は誰! もしかして付き合っているの? ようやく娘にも春が訪れたわ♪ は~ それからはもう、会わせろコールの連続。 キミに会わせろ会わせろって、ほんとうにしつこかったの。 しかも、お母さん、せっかくキミが来てくれたのに、職場に呼ばれて仕事に行っちゃうし。 せっかくの休日だっていうのに。 絶対誤解してるよ、私たちの関係。 付き合っていると思い込んでいるよ、絶対。 私たちはそんな関係じゃないのに。 もう、お母さんの馬鹿! ちょっと、なんで笑っているのよ。 笑うところじゃないから、怒るところだから。 ふふ……。 「質問してもいいか」 質問? いいよ、なに? 「笠村のお母さんって昔なにかやってた?なんか見たことあるような気が」 お母さんのこと? もしかしてお母さんに興味あるとか? お母さん美人だし、好きになっちゃった? 「違うって」 あはは、冗談だよ。 でも君の言い方も悪いよ。 どっかで見たことがあるとか、昔なにかやってたとか、ナンパする男子みたいなこと言うんだから。 ふふっ、ごめんって。 そうだなー 多分、ドラマで見たんじゃないかな。 私のお母さん、昔女優の仕事してて、ドラマにもよく出てたから。 村傘陽菜って検索したら、 情報見つかるんじゃないかな。 見つかった? 引退する前は演技派女優として、結構有名だったみたいだよ。 私はあまり知らないんだけどね、幼稚園の頃のことだから。 「すげえ、女優の娘じゃん」 女優の娘って…… まあ、言葉にしたらその通りだけど…… 私が小学生になる前には、引退したから、女優の娘って意識、あんまりないんだよね。 お母さんが元女優って知ったのも、結構後だったし。 「美月は女優目指さないのか?」 はいっ? 私が女優? いやいや、むりむり、むりだから。 私に女優なんて。 演技にもまったく興味ないし。 考えたこともなかったよ。 「そうなの? もったいない気がするけどな」 いや、もったいなくないから。 「おばさんはもったいなくなかったのかな」 あー、お母さん。 お母さんは確かに、そうかも……。 まあでも、女優の仕事にあまり興味なかったんだと思う。 演技自体は好きだったみたいだけどね。 高校生の頃も、演劇部に所属していたみたいだし。 そういう人って結構多いんじゃないかな。 才能があるのに、自分の才能に興味ないって人。 お母さんは自分の才能に興味なかったみたい。 この話、つまらないし、やめよっか。 そうだ、漫画読んでみる? 少女漫画ばかりだけど。 あ~、この本ね…… そうだよ、脚本のマニュアル本、結構あるでしょ。 「笠村、脚本に興味があるのか?」 あはは、違うよ。 私は興味ないよ、脚本家なんて目指してないし。 私じゃなくて、お父さん。 昔、お父さん、脚本家を目指していたみたい。 まあ、結局才能なくてやめたみたいだけどね。 捨てるのもったいなかったから、私の本棚に入れてあるの。 「おっ、この本オレの家にもあるぞ」 ふーん、この本、君の家にもあるんだ? 君の趣味じゃないよね? 「ああ、父さんが趣味で書いているみたい」 そっか……お父さんの趣味なんだ…… 君って、お父さんと仲良いの? 「なんだよ、急に……」 ううん、ちょっと気になっただけ。 それで、どうなの? 「仲は悪くないと思う」 そうなんだ…… 仲が良くて羨ましいな…… 「笠村は両親と仲悪いのか?」 私? 私は……どうかな…… 「なんか怒ってないか?」 ふふっ、怒ってないよ。 怒る理由なんてないじゃない。 この漫画はどうかな。 私結構好きで…… あ~、やっぱりやめとこっか。 男子に少女漫画はきっと合わないよね。 うん、きっと合わないよ。 「そんなことないぞ。俺なんでも読む」 少女漫画って、ちょっと……いや、だいぶ? 過激なシーンがあって、男子が読むには教育上良くないというか…。 「過激って? バトルとか?」 バトルとかじゃなくて。 ほら、わかるでしょ。 君だって私と同じ高校生なんだから。 「エ」から始まって「チ」で終わるやつだよ。 男子に見せるには私が恥ずかしい……。 うぅ…… 「わからん、教えてくれ」 もう! なんで察してくれないの! 少女漫画で過激って言ったら、エッチなやつに決まってるでしょ。 「エッチなやつ読んでるんだ」 違うからね! 私がむっつりとかエッチとかじゃ全然なくて、たまたま女子高生の間で流行ってて、私も流行に乗り遅れちゃダメみたいな感じがして、別に私は全然興味なかったけど、ちょっと読んでみようかなと思っただけで、読んでみたら意外と面白くてハマって、他にも買った少女漫画がたまたまそういうシーンがたくさんあっただけっていうか、とにかくそういうことだから、私がエッチとか思っちゃダメだからね? そうだ! 少女漫画よりゲームしようよ。 私たちにはゲームの方が合ってるよ、そうしよう! なんで笑うのよ。 まったくもう……。 ほらゲームするよ。 対戦できるゲームがいいよね。 古いゲームだけど、これがいいかな。 はいコントローラー。 「このゲーム笠村もやってたんだ」 あはは、うん。 このゲーム私もやってたんだ。 だいぶ前に君が教室で友達と話してたでしょ? なんか、面白そうだったから私も買ったんだ。 キャラを戦わせる対戦物って、男子向けって感じがして、女子がやってるって言えなかったんだよね。 私はこのキャラにしよっと。 先に言っておくけど、私結構強いと思うよ。 最初から本気でかかってきてね。 よ~し、勝つぞ~♪ おっ、結構やるね。 でも、ふっふ~ん、まだまだ。 そんな攻撃当たらないよ。 えい、えい、そこだ。 とどめの一発♪ 必殺パーンチ♪ えへへ、私の勝ち♪ あはは、呆然としてる~ どう? 私強いでしょ? 「もう一回勝負だ!」 ふふん、いいよ、何回でも勝負してあげる。 だけど、私このゲーム相当やりこんでるからね。 君には負けないよ♪ さっきより、動きよくなったね。 でもまだまだだよ。 えいっ、えいっ。 ここで必殺ビーム♪ えへへっ、やったー、また私の勝ちー♪ これで私の全勝だね。 「笠村強すぎだろ。なんでそんなに強いんだよ」 あはは、言ったでしょ。やりこんでるって。 手加減なんてしないよ。 私、いつも君にからかわれてばかりだもん。 たまには反撃しないとね。ふふっ。 う~ん、強い理由か…。 単純にプレイ時間だと思うよ。 中学のときは、部活やってて遊ぶ時間はあまりなかったけど、部活はやめちゃったし。 今はやる機会が増えたかな。 「部活辞めて後悔してないのか?」 部活は……辞めたこと、後悔してないよ。 バスケは好きだったし、頑張ってはいたけれど、別にプロになりたいとか思ってやってたわけじゃないし。 私は…なんだか冷めちゃったって感じかな。 君もそんな感じだと思っていたけど違った? 「どうしてそう思ったんだ?」 どうしてって言われたら、なんとなくとしか答えられないけど…… 君だけが全力で頑張っていたように見えたから。 練習のときも、試合のときも、君だけがずっと全力で、他の部員たちは、そんな君を迷惑そうに見ていたように、私には思えた。 私も同じだった…… 朝練のとき、よく一緒になったよね。 広いコートでふたりっきり、別のゴールを使って、ずっとシュート練習してた。 話したりはしなかったけど、嬉しかったんだ……私にも仲間がいる……ひとりじゃないんだって思えて…… 「そうだな」 だよね……難しいよね。人間関係って……。 えっ、なっ、なに……。 急に頭を撫でて……。 ううん、嫌ってわけじゃなくて、突然でビックリした。 もう一回してくれる? なんだか心地いい。 こういうのされたことないから、新鮮で……。 「親からされたことはないのか」 親からは…… あったのかもしれないけれど、もう覚えていないかな…。 あはは、もう一回ゲームしよっか。 今日は来てくれてありがとう。 ……今日はお母さんが無理矢理だったけど、また遊びに来てくれる? 「笠村に誘われたら断らないぞ」 そっか、ありがと。 うん、また明日、学校で♪ ■トラック6 部屋で日記を書いていると、母が訪ねてきた。 「あなたたちいつの間に仲良くなっていたの? 彼は知っているの?」 私の顔色を伺うように、おそるおそるという様子で聞いてくる。 数時間ほど前は、私たちの関係を、楽しげにからかっていたのに、すごい変わり様だと関心する。 「女はみんな女優」という言葉が浮かんだ。 歌の歌詞だっただろうか、本のタイトルだっただろうか。 思い出せないけれど、母にぴったりだと思った。 彼のことを聞いてくる母に、「大丈夫、心配しないで」と私は答える。 母が出て行き、私は再び、日記を書くことに集中する。 今日の私は、彼の目から見て、どのように写っただろうか。 彼の好みをうまく演じることができていただろうか。 好きになってもらいたい。 いや、好きになってもらわなければいけない。 そのために私は、自分を捨てて、この日記を書き続けてきたのだから。 私は手を止めて、しおりを挟んだ、ページを開く。 そのページには、彼の趣味趣向、彼の家族構成、彼の行動原理が書かれている。 そして、予定が書かれている。 「彼を自宅に招く」と書かれた文字に、私は横線を入れた。 ほんとうに私の思った通りに動いてくれるね。 彼も母も学校の人たちも、驚くほど思ったとおりに動いてくれる。 今後の予定を眺める。 「彼と恋人になる」 「彼に抱かれる」 「放課後の教室で相合い傘を書く」 「彼と別れる」 どうやって彼を動かし、これらのイベントを消化していこうか。 彼と恋人になるためにはどうすればいいだろう。 彼から告白される? 私から告白する? 例えば、こんなのはどうだろう。 私が風邪で学校を休んだら、きっと彼はお見舞いに来てくれるに違いない。 弱っている姿を見せた状態で告白するのだ。 告白の言葉は、シンプルなものがいい。 長い告白は、演技めいてしまう可能性がある。 告白なんて、単なる意思表示だ。 彼に伝われば、それでいい。 想像するのは楽しい。 今、目の前に鏡があれば、私はきっと笑っているに違いない。 最後の日、彼はどんな顔をするだろう。 今から本当に楽しみだ。 ■トラック7 ごめん、起こしちゃったかな。 調子はどう? 「まだ悪い」 そっか。 「なんで笠村がいるの?」 君のことを気になってたのもあるけど、学校から渡されていたプリント、机の中で少し溜まっていたから、持ってきたの。 最初はプリントを渡すだけのつもりだったんだけど、君のお母さんに、強制的に…… あはは…… 「俺の母さんがごめん」 ううん、ぜんぜん良いよ。 うちの親もだけど、君のお母さんも似たような感じだね。 親ってなんで異性の友達連れてきたらはしゃぐんだろうね。 なんか照れるね……。 ふたりっきりの空間って…… ゼリー飲料やプリンとかいろいろ買ってきたんだけど、どうする? 食べられそう? プリン好きなの? 「好き」 へ~、意外。なんか可愛いね。 「うっさい」 ふふっ。 ちょっと待ってね。今開けるから。 はい。 「あ~んはしてくれないのか?」 そんなのするわけないでしょ。 恋人じゃないんだし……。 「あーん」なんてするわけない。 そういうのは恋人になってからするものです。 「そういうものか」 そうだよ。そういうものです。 ふふっ。 おいしい? よかった。 「俺がいない間の掃除当番はどうした?」 掃除当番? ふふ、気にしてくれていたんだ。 あー、うん。掃除はひとりでやったよ。 だから、君が早く元気になってくれないと、私ずっとひとりで掃除することになるんだよ? だから早く元気になってね。 「わかった」 うん、よろしい♪ 君の様子も見られたことだし、私そろそろ帰るね。 あっ、いいよ、動かないで。 見送りなんてしなくていいから。 ほら、動くからおでこのシート落ちちゃったよ。 これ、もうだいぶ乾いてるね。 別なのに貼り替えた方がいいよ。 ここにあるの使っても大丈夫? わかった。 はい、貼るからじっとしてて。 こら、なんで動くの? 動いたら、貼れないよ。 「だって恥ずかしいし」 恥ずかしいの? なんで? 「逆の立場で考えてくれ」 逆の立場で……? あ~ あはは、確かにちょっと恥ずかしいかも。 君に触られるのは、照れる…… ふふ、ま~でも、私が貼られるわけじゃないから、君が恥ずかしさを我慢すればいいだけだよ。 君が貼らせてくれないと、私このまま長居することになるよ。 そうなったら、私君のせいで風邪引いちゃうかもな~。 「わかった」 ふふ、よろしい。 今度は、じっとしててね。 貼るよ~。 はい、ぴた~~。 ひんやりして、気持ちいいでしょ? 目がぎゅってしてるよ。 ふふっ、さてと。 それじゃ、私帰るね。 ゆっくり寝て早く元気になってね。 あれ? もう眠ってる。 ちゃんと寝てるよね? あのね、私君のこと好きだよ。 早く元気になって、学校来てね。 また私とお喋りしてね。 あはは、私、何やってるんだろ。 ふふ、おやすみなさい。 ■トラック8 えっ……なんできみが? はっ! ちょっと待ってて! はぁ…はぁ…おまたせ! 「着替えてきたのか?」 だって、パジャマだったし、髪もぼさぼさだったし、恥ずかしかったし……。 「食べられそうなの買ってきた」 わっ、たくさん入ってる。 あはは、こんなに食べられないよ。 あっ、ちょっと待って。 お家、寄ってかない? ごめんね、呼び止めちゃって。 病人のそばになんていたくないよね。 「風邪はどんな感じだ?」 うん。 だいぶ良くなったよ。 風邪引いたの、久しぶりだから、結構辛かったよ。 この前の君の風邪が移っちゃったのかな。 「ごめん!」 ちょと、謝らないでよ。 そんなつもりで言ったんじゃないから。 そうだ、今日の掃除当番はどうだったの? 「あいつらに自分たちでやらせた」 あはは、あの子たちにやらせたんだ。 たくさん駄々こねたでしょ? 「こねたけど無理矢理やらせた」 あはは、想像つくな~。 私も君くらい強く言えたら良いんだけど…… 「中学のときは強く言えてたじゃん」 中学のときって……、私がバスケ部だった頃のこと言ってる? あー、うん。 あの頃は、強く言えてたね…… 私が部長だったってのもあるけれど…… あれは私の黒歴史だよ。 あの頃の私は勘違いしてたんだよ。 頑張れば私を見てくれる、きっと好きになってくれるって、勘違いをしていたんだ。 「勘違いだったかな」 そうだよ、せいだいな勘違い。 他の人は違うかもしれないけれど、私は頑張れば頑張るほど孤立していったよ。 友達だと思っていた人には、距離を置かれて、仲間だと思っていた人には、嫌がらせをされて、大切だと思っていた人には、裏切られた。 私の頑張りはぜんぶ無駄だった。 強いと思っていたのは単なる強がりで、自分の強がりを相手に押しつけているだけだった。 自分勝手な強がりだよ。 今だって、私は自分勝手なことしてる。 私の風邪、移しちゃうかもしれないのに、寂しいからって理由で、部屋に入ってもらってる。 君の風邪、治ったばかりなのに。 ひどいよね、自分のことしか考えてない。すごく自分勝手だ。 あはは、ずるいな~。 弱ってるときに嬉しい言葉かけてくれるんだもん。 君はいつもそうだよ。 私が弱ってるとき、必ずそばにいてくれて、助けてくれるの……。 好きです……。 君のことがずっと好きでした。 私の恋人になってくれませんか? 「俺もずっと好きだった」 あはは、やった。 あはは、これはだいぶ照れるね。顔だいぶ熱いや。 君も顔すごく赤くなってるよ。 あはは…… ねえ、彼女から彼氏に最初のお願い言ってもいい。 私が眠るまで、手を繋いでくれる? ありがとう。 すぅ……すぅ……すぅ……すぅ……。 すぅ……すぅ……すぅ……すぅ……。 すぅ……すぅ……すぅ……すぅ……。 ■トラック9 おはよう……。 「おはよう、体調は大丈夫なのか?」 うん、体調は良くなった。 ありがとう、心配してくれて。 あのさ……。 昨日のことなんだけど。 私体調悪かったから、記憶が曖昧で……。 間違ってたら「違う」って言って欲しいんだけど。 私たちの関係って……、昨日で変わった? ……今思えば、私にとって都合のいい展開すぎた気がするし、もしかしたら夢だったんじゃないかって思って。 ……少女漫画のヒロインになったみたいな感じだったし。 ……恋人関係になった、って話で合ってるかな? 「友達から恋人になったな」 そっか~、よかった~。 夢じゃなかったんだ~。 ちょとー、笑わないでよ。 私、朝から気が気じゃなかったんだから。 ふふっ。 ……今日から……恋人としてよろしくね。 「よろしく」 うん♪ ふふっ。 早速なんだけど、今日の放課後って空いてるかな? 「空いてるけど」 ……彼氏とデートしたいなって。ダメ? 「駄目なわけない」 やった♪ それじゃ、放課後はデート決定だね♪ ふふ、放課後が楽しみ♪ それじゃ行こっか。 私になにか用事? 「今日も掃除当番代わってよ」 あ~、ごめん。 今日は彼氏とデートがあるから当番代われないの。 あなたたちでやってね。 それじゃ、デート行こっ。 ふふ、あはは。 あの子たち、驚いた顔していたね。 断るのってこんなに簡単だったんだね♪ はぁ……はぁ…… はぁ……はぁ…… やっぱ男子には勝てないか……。 少しぐらい手加点してくれても良いと思うんだけどな~。 私、女子で、しかも彼女なのに。 関係なく、ぶつかってくるんだもんな。 もしかして、ゲームのこと根に持ってる? 私の家に遊びに来たとき、ゲームでこてんぱんにしたでしょ? 「バスケで手加減したら笠村絶対怒るじゃん」 あ~、確かに怒るかも。 バスケで手加減されるのは、男子でも絶対嫌。 あはは、さすがは、私の彼氏。 私のことよく理解してる。 「なんで急にバスケなんだ」 ん~、そうだな~。 一度ね、君とやってみたいなって思っていたんだ。 男子バスケ部でエースだった君と、女子バスケ部でエースだった私。 どっちが上手いか勝負したいなってずっと思ってたの。 「中学のとき言ってくれれば良かったのに」 あはは、そうだね。 もっと早くに声をかけるべきだったね。 中学生の時、なんで言えなかったんだろう。 もし言えてたら、君ともっと早く恋人になれていたのかな。 そしたら高校生活も、楽しくなっていたのかな。 「俺は笠村のおかげで結構楽しいけどな」 あはは、そうだね。 思い返してみると案外悪くなかったって思えるよ。 ふふ、改めて今日からよろしくね。 「よろしく」 えへへ。 こういうときって恋人同士ならキスとかするものなのかな? 「どうだろうな」 ……してみる? キス。 ふふ、慌てすぎだし。 君って普段は物怖じしないくせに、こういうときは照れるんだね。 ちゅ。 ふいうちのキスだよ。 ふふっ、驚いたでしょ。 私、君とならいつだってキスできるし、それ以上のこともしていいって思っているよ。 あはは、私は前からこういう性格だよ。 君と恋人になれてちょっと勇気が出たってだけ。 だから、覚悟しててね、私の彼氏さん♪ ふふっ。 ■トラック10 メイド服借りられそうで良かったね。 男子ってメイドさん好きだよね。女子にも人気だったけど。 あれ? 君ってメイド喫茶反対だっけ。 「美月のメイド服を他の人に見られたくない」 あはは……、それはそれは…… 彼氏に嫉妬されるって、こんな感じなんだ。 嬉しいけど、なんか照れるな……。 私のメイド服、他の人に見られたく無いだなんて、君って意外と独占欲強かったんだね。 「彼氏なんだから当たり前だろ」 あはは、うん、そうだね♪ 彼氏なんだから当然だ♪ あっ、そうだ♪ 嫉妬深い彼氏のために、今日は私が一日メイドになってあげるね。 着替えてみたんだけど……どうかな? 「似合う、最高だ」 あはは、褒めすぎだよ。 でも、ありがとう。 メイド服って、恥ずかしいけど、やっぱり可愛いね。 実はちょっと憧れていたんだよね、メイド服。 まあ、私には可愛すぎるかもだけど……。 「そんなことない。美月が着ているから可愛いんだ」 またそういう照れること言う……。 もしかしてだけど、私のこと口説こうとしてる? お母さんも仕事だし、この家誰もいないし、私のこと口説き落として、エッチなこと……しようとしてる? いいよ、君となら。 私、君となら、エッチなことしてもいい。 ふふ、なんで驚くの? そういうこと、ちょっとは考えていたんじゃないの? ねえ、ご主人様。 私、ご主人様のことが好きです。大好きなんですよ。 ご主人様が私のことを好きだと思っている以上に、私はもっとご主人様のことが大好きなんです。 私、ご主人様になら、喜んで身も心も捧げることができるんですよ。 ご主人様はいつだって私のヒーローで、好きになるなっていうほうが無理です。 この前だって、私が文化祭実行委員に決められたときも、ご主人様はすかさず立候補してくれた。 普段は「面倒だ」ってやりたがらないのに、私のためながら、面倒がらずにやってくれる。 ご主人様にとっては些細なことかもしれないけれど、私にとってはご主人様の優しさがとても嬉しいの。 ご主人様は美月のこと嫌いですか? 私たち恋人同士になってから日は浅いですが、それなりに長い時間一緒にいましたよね? ちょっと過激な少女漫画で見るような、男女のそういうこと、もっとしてもいいと思うんです。 そういうこと、美月としませんか? 「……俺は美月のこと大切にしたくて」 そっか…… うん、知ってる。 君が私のこと、大切にしてくれているのは知ってるよ。 でも最近ね、キスをするたびに、手を繋ぐたびに、君ともっと触れたい、繋がりたいって思うようになったんだ。 私エッチなのかも……。 「それは知ってる」 あ~、知ってるとか言うな~。 ふふ。 そっか、君も同じように考えていたんだ。 あはは、似たものかカップルだ♪ うん、ありがとう。 君の気持ちすごく嬉しいよ。 でも、いま言ったことは、私の本心だから。 普段は恥ずかしくて言えない、笠村美月の本当の気持ちだから。 覚えておいてね。 うん♪ よろしい♪ ふー、さてと! もう昼か~。 文化祭に向けてオムライスの練習しておこうかな。 「萌え萌えキュンの練習でもするのか」 いや、やらないから。 萌え萌えキュンみたいなことはやらないからね。 あ~でも、 あーんぐらいならしてあげる。 もちろん、ご主人様限定で♪ ふふ、あはは。 ■トラック11 ひとりになった部屋で、今日のできごとを日記に書いていく。 抱いてくれても良かったのにと、私は思う。 そうしたら、彼をより深く傷つけることができたかもしれない。 私自身の罪悪感が少しは消えたかもしれない。 私は首を振った。 計画は失敗したが、致命的ではない。 今までがうまく行き過ぎていた。 少しぐらい失敗したところで、計画が破綻することはない。 この計画は、彼と恋人関係になれた瞬間から、成功が約束されているのだから。 今はボーナスタイムのようなもの。 ゲームでいえば、本編クリアー後のエンドコンテンツのようなものだ。 私はページをめくる。 「文化祭」 「放課後」 「教室」 単語が並んだ最後に「終わり」と書かれている。 もう少しだ。 もう少しでぜんぶ終わらせることができる。 彼は私を憎むだろう、許しはしないだろう。 許さないでほしい。許される程度の傷なら意味がない。 私のことを好きになってほしい。 今よりもっと好きになってほしい。 私のことを好きになればなるほど、彼の苦しみは大きくなる。 敵意は大きくなる。 恨んで、憎んで、許さないで。 彼からの敵意は、私にとっての快感だ。 そう信じながら、私は日記を閉じた。 ■トラック12 メイド喫茶、お客さんたくさん来てよかったね。 おかげでへとへとだけど。 あむっ。 んぐ……んぐ…… んぐ……んぐ…… わっ、このたい焼き美味しい。 食べてみる? 「美味しいな」 でしょ♪ カボチャのクリームたい焼きって初めて食べたけど、美味しいんだね。 君は抹茶だっけ? 一口食べてもいい? ありがとう。 あむっ。 んぐ……んぐ…… んぐ……んぐ…… うん、抹茶も美味しいね。 休憩時間はまだあるし、次はどこ行こうか? 占いの館だって。 ねっ、行ってみようよ。 ここの占いって結構人気なんだよ。 縁結び占いで、相合い傘占いっていうのがあってね、お互いの名前を相合い傘に書いて、占うんだって。 あはは、この学校らしいよね。 とりあえず行ってみようよ。 そろそろ、私たちの番だね。 「占いって嫌いなんだよな」 良い結果なら信じればいいし、悪い結果なら信じなければいいじゃない。 占いってそんなものだよ。 呼ばれたね、行こ。 相合い傘占いでお願いします。 ここに名前を書くんだね。 はい、君も書いて。 あはは、なんだか緊張するね。 手、つないでくれる? ありがと。 「それでは結果を伝えます」 はい、結果を教えてください。 ■トラック13 文化祭も無事終わったね。 疲れたけど、いい思い出になったよ。 君はクラスの打ち上げ、行かなくて良かったの? あはは……。確かに行くタイプには見えないや。 「それに美月が俺に用事があるように見えたから」 そっか、バレてたんだ。 うん、私どうしても、君とやりたいことがあったんだ。 うん。 相合い傘。 放課後の教室で、相合傘を書いた恋人同士は永遠に結ばれるって話。 「単なる噂話だろ」 ふふ、そうだね。単なる噂話。 だけど、私は結構素敵だなって思ってる。 この噂があったから、私はこの学校を選んだの。 噂が本当なのか、証明するために…… 占い研究会の人、言ってたよね。 私たち相性抜群だって。 それにこうも言ってた。 今日、相合傘に名前を書いた恋人と約束を交わしたら、その約束は必ず果たすことができるって。 名前、書いてくれる? ありがとう。 ねえ、私のこと好き? 「ああ」 相合傘の噂のように、私と永遠に結ばれたいと思う? 「当然だろ」 そっか…… 当然か…… ならもういいかな…… 私と別れよっか。 ふふっ、あははっ。 この顔が見たかったの。 ずっと見たいって思ってたんだ。 ようやく叶った♪ あははっ。 「冗談か?」 ふふっ、冗談じゃないよ。 私、君と別れたいの。 恋人関係を解消したいって意味だよ。 「俺のことが嫌いなのか」 君のことは好きだよ。 あのとき、抱かれてもいいと言ったのは私の本心。 だけどね、好きという気持ちと同じくらい、君のことが憎くてしょうがないの。 「なんで」 理由は…… 君が…… お母さんが再婚しても笑っていたから。 君のお母さんの再婚相手ってね、私のお父さんなんだ。 私の両親ね、私が小学生になる前に離婚したの。 離婚の理由は劣等感。 私のお母さんはドラマで活躍する人気女優。 お父さんは、脚本家になる夢を抱きながら挫折した単なる凡人だった。 お父さんが出て行くと決まったとき、お母さんの泣いている姿はよく覚えてる。 女優やめるからって、みっともないくらい、お父さんにしがみついていた。 私女優なんてなりたくてなったわけじゃない。 いつでもやめていいからって。 お母さんの言葉が、お父さんを余計に苦しめた。 別れを決定的なものにした。 運命って残酷だよね。 凡人に憧れたお母さんは特別で、特別に憧れたお父さんは凡人だった。 「その話におれたちは関係ないだろ」 そうだね、この話に、私と君は関係ない。 だけど、見ちゃったんだ。 高校生になる少し前の頃だったかな…… 街で君を見かけた。 君と、君のお母さんと、私のお父さんとで、並んでいる姿。 たぶん、買い物でもしてたんだろうね。 それとも食事でもしてたのかな。 君は少し恥ずかしそうで、でも嬉しそうだった。 私はすぐに気づいたけれど、お父さんは私にまったく気づかなかった。 家族団らん、みんな楽しそうにしてた。 なんかさ…… ズルいじゃん…… ……君が悪くないのは知っているよ。 理不尽なこと言ってるのも自覚してる。 でもね……君の笑っている姿が、どうしても消えないの。 消したいのに、頭のなかにずっと残ったまま、消えてくれない。 ズルいって思っちゃうんだ。 君が笑ってるの…… 私はずっと、君から笑顔を消したかった。 歪ませたかった。泣かせたかった。 なんでもいいから、笑顔を奪いたかった。 君の恋人になって、君が幸せと感じたとき、裏切ろうって思ったの。 人は信じていた人に裏切られるのが一番苦しいって私は知っていたから。 そうだよ。 すべてが計画通りだったわけではないけれど、大きく外れることはなかった。 高校に進学したあの日、クラスメイトに掃除当番を押しつけられて、君に話しかけられたときから、私の計画はスタートしてた。 別に掃除当番じゃなくても、良かったんだけどね。 なんでも良かった。 私が困っている姿、弱っている姿を見せたら、君は必ず助けてくれると思っていたから。 ほとんど話したことはなかったけれど、同じ中学で、同じバスケ部のコートのなかで三年間、君のことを見ていたから、なんとなくわかっていたんだ。 君のこと。 一度仲良くなってしまったら簡単だった。 君から借りて読んだ漫画で、君がどんなヒロインが好きなのか研究した。 君が友達との話題で出てきたことを、たくさん調べて、君と話が合うようにした。 ぜんぶ君に好かれるためにした行動。 君に好かれるように、演じ続けてきたの。 君と恋人になって、私はクラスメイトから、掃除当番を押しつけられても断るようになった。 君はさ、「自分のおかげで、彼女が変わった」って思ったんじゃないのかな。 自分が恋人になったおかげで、彼女は勇気を持つことができた。 好きな女の子を救うことができた。 好きな女の子のヒーローになれた。 そんな風に、一度くらいは思ったことがあるんじゃないかな。 あはは、図星だ♪ ぜんぶ、演技だよ。 私の、演技どうだった? 上手だったかな? 優越感あったでしょ? 笠村美月のナイトになれて、楽しかった? ふふっ。 私のこと恨んでいいよ。 恨んで、憎んで、嫌いになって。 私を、許さないで。 ふふっ…… それじゃあ、バイバイ。 ■トラック14 なにやってるんだろう、私。 放課後の教室、黒板を消しながら、思わずぼやいてしまう。 計画が終われば、私のなかで何かが変わると思っていた。 自分でもわからない何かを、ぐちゃぐちゃとした気持ちを、頭から離れてくれない光景を、消すことができると信じていた。 結果は何も変わらなかった。 自己満足と呼べるほどの、満足感もない。 恋人と友達を同時にひとり失っただけだった。。 彼とはもう1週間以上話していない。 隣の席なのに、お互い見て見ないふりをしている。 私は何をしているのだろう。 私は何を考えているのだろう。 戻りたいのだろうか。 戻れないことを知っているのに。 一心不乱に黒板を消していると、チョークで書かれた相合傘を見つけた。 お母さんは、お父さんと永遠に結ばれると思って相合傘をかいたのだろうか…… お父さんも、お母さんと永遠に結ばれるつもりで相合傘をかいたのだろうか…… 放課後の教室で、相合傘を書いた恋人同士は永遠に結ばれる。 この話のきっかけを作ったのは、私の母だ。 当時女優だった母が、ドラマのインタビューで、「誰もいない放課後の教室で昔一緒に相合傘を書いた」と父とのエピソードを語ったのだ。 手を伸ばし、背伸びをして、黒板の上のほうを消そうと頑張る。 だけど、私の身長だと、上のほうに届かない。 椅子を持ってこようかなと、あきらめようとしたとき、「貸して」と男子の声がした。 よく知る声だった。 とっさに後ろを振り向く。彼が立っていた。 「なんで……」と私はきいた。 「嫌いになりたくても、なれなかったんだから、しょうがない」 彼は笑いながら、私の手から黒板消しをとって、黒板を消していく。 「なあ、知ってるか?」 彼はそう言って、黒板消しを置いた。 「放課後の相合傘に名前を書いたら永遠に結ばれるって話」 チョークを手に取り、相合傘を書いていく。 そして、彼の名前が書かれる。 「私のこと、許してくれるの?」 口から勝手にこぼれた。 言ってから後悔した。 許さないでほしい。 許される程度の傷なら意味がない。 そう思っていたのは、私自身のはずだったのに。 嫌われたい。 嫌われなければいけない。 憎んで、恨んで、嫌いになってほしい。 私のことを許さないでほしい。 その結果が、たとえ満たされないとわかっていても、私は変わることができない。 言葉を探す。 彼に嫌われるための言葉を探す。 必死に探す。 探して探して、探しまくる。 だけど考えがまとまらない。 言葉が見つからない…… 口が震える。 なんでかわからない。 それでも口を開こうとする。 口が開いた。 だけど言葉は出なかった。 彼はズボンのポケットから、ティッシュを取り出し、私に差し出した。 不思議に思っていると、涙が頬を伝って床にぽたりとこぼれ落ちた。 私は自分が泣いていることに、今になって気づいた。 「本当なのか一緒に確かめてみないか?」 彼が笑う。 その表情を私はよく知っている。 中学の3年間、彼をずっと見てきた。 高校に進学して、恋人になる前も後もずっと見てきた。 彼から目をそらすことができない。 大好きで大嫌いなその笑顔をずっと見ていたいと思ってしまう。 やりなおせるだろうか。 許されていいのだろうか。 私が思っていると、「もう一度ここから始めよう」と彼は言った。 放課後の教室で、相合傘を書いた恋人同士は永遠に結ばれる。 それは嘘だと私は知っている。 永遠なんてないって知っている。 だけど、信じてみたいって思ってしまう。 私はチョークを手に取る。 そして……放課後の相合傘に名前をかいた。