フィーナ・ディレットーレのこれまで わたくし、フィーナ・ディレットーレは名家とされるディレットーレ家の一人娘として生を受け、 両親の愛情をたっぷりと注がれ育ちました。 淑女としての作法や、語学や歴史などを学ぶ時間は退屈でしたけれど、 寝床にも食事にも不自由することなく、さらに、欲しいものは何でも与えられるという、 とても贅沢で幸せな日々を送っていました。 16歳の誕生日を迎えるまでは。 16歳の誕生日の夜、わたくしは両親に呼び出され、 三人の家族にしては広すぎるぐらいの(これは後になって分かったのですけれど)、 食堂へ足を運びました。 足を踏み入れ、最初に目に入ったのは、テーブルに並ぶ豪勢な料理よりも、 見知らぬ一人の殿方でした。 人を見かけで判断するのが良くないということは理解していますが、 それでも、わたくしはその殿方に対して、良い印象を持つことは出来ませんでした。 口元をニヤニヤと歪め、まるでわたくしを品定めするような表情をしていたからです。 「フィーナ、お誕生日おめでとう」 見知らぬ殿方に戸惑っているわたくしに、声をかけたのはお父様でした。 「ありがとうございます。ところでお父様、こちらにいらっしゃるお方は?」 「フィーナ」 わたくしの問いに答えたのはお母様の方でした。 「このお方はね、あなたの旦那様になるお方よ」 「え?」 「紹介するわ。ヴォルク・アーランド様よ」 紹介された殿方が立ち上がり、わたくしに語りかけます。 「はじめまして、フィーナ。  僕がキミの結婚相手のヴォルクだよ。  妻となる女性がこんなにも美しいだなんて光栄だ。  これからたくさん愛してあげるから、キミも僕を喜ばせられるよう頑張ってくれ」 嫌です。 それが、その時の率直な気持ちでした。 そもそも、わたくしはこの殿方のことを今まで知りませんでしたし、 ましてや結婚するなんて……。 淑女としての作法はどこへやら、 わたくしの口は思いをそのまま口にしていました。 「嫌ですわ。お断りします」 「は?」 結婚相手だと紹介された方がぽかんと口を開けます。 「何を言っているんだい? フィーナ。  もしかして、僕と初めて会うのだから、  恥ずかしがっているのかな。  大丈夫だよ、僕は優しいし、キミが僕のために尽くすのを」 「ですから嫌ですわと申し上げているでしょう!」 大声をあげてしまいました。 お母様がわたくしのもとへと駆け寄り、頬を叩きます。 「フィーナ、あなたをここまで育てて来たのは、  このお方との子を生(な)すためなのよ。  あなたはアーランド家の妻となり、子を生し、  そこで初めて、私たちディレットーレ家とアーランド家に  友好の証が生まれるの」 お母様がそう言った後、お父様が続けます。 「我々ディレットーレ家とアーランド家は  貴族同士による権力争いが長く続いていた。  それをフィーナ、お前が止めるのだ。  ここにいるヴォルク殿と結ばれることでな」 「そういうことさ。  さあ、フィーナ、怖い顔をしないで僕の胸に」 「嫌っ! 嫌ですっ! 嫌ですのっ!」 そう言って、わたくしは食堂を出て自分の部屋に戻り、誰も入れないように鍵をかけます。 追って来たお父様がそのドアを叩き、強い口調でわたくしの名前を呼ぶ声を聞きながら、ぼんやりと考えました。 わたくしは、貴族同士の対立を収めるために育てられた? わたくしは、あの殿方に捧げられるために育てられた? わたくし一人によって、何かしらの争いが終わるのであれば、それも悪くはない。 いや、でも……。 それだと、わたくし自身の心は……? わたくしは、お父様とお母様の甘さに感謝しました。 最初から貴族同士の対立を収めるために生まれて来たと、 それこそがフィーナ・ディレットーレの人生における喜びであると 教育しておけばよかったものを。 そうしなかった甘さを。 お父様の声が聞こえなくなり、 皆が寝静まった後、わたくしは16年暮らして来た家を後にしました。 それから数ヶ月の間、わたくしは旅をして、 今は故郷を離れた村で、シスターとして生きています。 ディレットーレ家にいた頃とは違う、質素な暮らし。 でもわたくしは、この生活を気に入っています。 わたくしの役目は、教会に来た方々に教えを説くこと、 他にも、恵まれない方々に食事を提供したり、身寄りのない子どもたちの相手をしたり……。 そういうことをして、教会に来た方々が嬉しそうにしているのを見ると、 わたくしの心は、心地良い暖かさでいっぱいになります。 きっとこれがわたくしの幸せなのでしょう。 そして、シスターになって、わたくしにとって人生で初めての友人が出来ました。 同じ教会でシスターをしていて、名前はエル。 わたくしより二つ年下の、美しい少女です。 エルとはいつもたくさん話をします。 わたくしがいる教会では、一生に一度だけ恋愛が許されているので、 もしも運命の人が現れたらどうするか、なんて話をよくしています。 そう、ここでは結婚相手を決められているということはないのです。 一生を神に捧げるのか、あるいはどこかのタイミングで運命の人と出会い、その人に生涯を捧げるのか、 決める自由があるのです。 そこも、わたくしがこの暮らしを気に入っている理由の一つなのかもしれません。 明日はエルと二人で森へ出かけます。 そこで採れる木の実がとても美味しいと聞いたので、それを教会に来る皆さんにふるまおうと思ったのです。 魔王の配下である悪魔がその近辺にはいると聞いたことがありますが、悪魔よけの聖水も持っていることですし、 きっと大丈夫でしょう。 ああ、明日が楽しみです。