◇プロローグ シッ! ふっ! はぁ……はぁ……。 惜しかったですね、先輩。 あそこの先輩の右ストレートが当たってたら、きっと私、ダウンしちゃってました。 パンチ力もスピードも十分でしたけど、少しだけ狙いが甘かったみたいですね。 ですから……今回は私の判定勝ちみたいですね。 私もボクシング部ですからね、いくら年上の男子でも負けるわけにはいきませんから。 いい勝負でしたね。ありがとうございました。 あれ、先輩じゃないですか。 どうしたんですか?わざわざ私の教室へ来て。 私ともう一度勝負したい、ですか? まあ確かに、みんなの前で後輩の女子に負けるは悔しいんでしょうけど。 でも私は小学生の頃からボクシングやってるんですよ? それに先輩は別に格闘技とかやっていないんでしょ? だったら仕方がないと思いますよ。 体格は先輩の方が有利ですけど、私としても初心者相手に負けるわけにはいきませんからね。 さっきのは判定だったから、完全に負けたわけじゃない、ですか。 はぁ……本当は言いたくないんですけど、さっきは手加減してあげたんですよ。 女の子に一方的に殴られてKO負けなんかしたら、先輩だって恥ずかしいでしょ? 判定負けですらこうして文句を言いに来るくらいなんですから、そんなことされてたらもっと屈辱的な思いをするんじゃないですか? 私なりの優しさだったんですけど……それとも手加減されたことが気に入らなかったんですか? だんまりですか。 まあ、いいですよ。 私も本当のことを言ってしまいましたし、先輩のわがままに付き合ってあげますよ。 今日なら部室もあいていますから、そこでやりましょう。 ほら、行きますよ。ついてきてください。 ふふっ、いつもはこのリングでは女子としか勝負しないので、なんだか変な気持ちです。 さっきの判定勝ちみたいに後から言い訳されるのは嫌なので、今回はフリーノックダウン制でやりましょうか。 何回ダウンしても立ち上がれば続行っていうことで。 ねぇ、今謝れば許してあげますよ。 これから先輩は私にボコられちゃうだけだし、私も先輩と勝負して得られるものなんてないです。 お互い時間の無駄だと思うんですけどね。 まぁ、先輩はそう言うと思ってましたけどね。 いいですよ。徹底的に痛めつけてあげますから覚悟してくださいね。 レフェリーもいないので、グローブタッチしたら試合開始ってことで。 ◇本編 遅いですよ先輩。もっとしっかり狙って打ってこないと。 こんなふうにっ! はい、1発目。 いくらカウンターで入ったとはいえ左ジャブなんですから、そんなによろめかないでくださいよ。 ほら、撃ってきてくださいよ。私を倒すんでしょ? ふふっ、そんなに大振りのパンチばっかり撃ってたら、すぐスタミナ切れちゃいますよ。 ほら、こうやって動きが止まったところに……。 シッ! シッ! ん、今のは結構効いちゃったんじゃないですか? それにもう、息上がってきてますよ? まだ始まったばかりなのに情けないですね。 じゃあそろそろ、私からも撃たせてもらいますね。 ワン! ツー! どうしました?顔面に思いっきり入っちゃってますよ? ワン! ツー! スリーッ! 私のパンチ、見えてないんじゃないですか? ところで……さっきから私が撃ってるパンチの順番、わかりますか? これ、さっきの勝負で使ったパンチの順番と一緒なんですよ。 さて、問題です。次のパンチはなんでしょう?正解は……これです! アッパーッ! あっははは!すごい声出てますね。 同じ順番で殴ってるんですから、ちゃんとガードしないとダメですよ? ほら、どんどんいきますよ。 ボディ! フック! ちゃんと腹筋鍛えてます? 左ジャブ! 右フック! 左ジャブ! 右ストレート! ジャブ連打! かーらーの…… アッパーっ! はい、これでフィニッシュです。 もう立たなくていいですよ? 先輩の強さは……ふふっ、よくわかりましたから。 でも一応ルールですから、カウントはとってあげます。 ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト、ナイン、テン……。 はい、私の勝ちですね。 ん、どうしたんですか、立ち上がろうとして。 もうテンカウント数えちゃいましたから、立ったところでどうしようもないですよ? 先輩は負けたんです。 はい、よく立てましたね。 でももう終わりです。 なんですかその顔。 どうしてもやりたいんですか? 先輩、正気ですか? 私のサンドバッグになっちゃうだけなの、わかってますよね? はぁ……そうですか。 いいですよ。 ここでわからせておかないと、どうせまた後で先輩は何か言い訳しますもんね。 ほら、構えてください。 シッ! まずはロープ際までご案内してあげます。 シッ! ほら、頑張らないとダウンしちゃいますよ? シッ! 女の子のパンチでどんどん後退させられちゃうの、惨めですよね。 シッ! はい、たった4発で追い詰められちゃいましたね。 自分から勝手に下がってくくらいなのに、なんで立ち上がっちゃったんでしょうね。 じゃあまずは先輩の腕、ロープに絡ませちゃいますね。 ふふっ、これで簡単にダウンできなくなっちゃいましたね。 ん?どうしました?こんなのボクシングじゃない、ですか? そうですよ。だって先輩、さっきテンカウント以内に起き上がれなかったじゃないですか。 ですから、その時からもうボクシングじゃないですよね? 最初にルールを破ったのは先輩ですよ? ああでも、私は優しいですから……降参するんだったらそれは認めてあげますけど。 どうします?先輩。 しないんですね。 そうですよね。ここまで来て降参なんかしたら、今日のこと一生忘れられないですもんね。 まあ、降参しなくてもずっと惨めな思いをしながら生きていくことになると思いますけど。 先輩、もう顔真っ赤ですね。私のパンチでボコボコになっちゃって、とっても情けないですね。 これ以上顔を殴るのはかわいそうなので、お腹にしますね。 ふっ! ほら、こうやって拳をねじ込んであげます。 ふっ! 先輩のお腹、とっても殴り心地いいですよ。 ボディッ! うわ、唾液まき散らさないでくださいよ。汚いなぁ。 次やったら顔面行きますよ? ボディッ! もう、唾液飛ばさないでって言ってるでしょ? お仕置きの顔面パンチです。 シィッ! ふふっ、鼻血出ちゃいましたね。 大丈夫ですか? また顔面殴られちゃったら大変ですから、腹筋に力入れて頑張って耐えましょうね。 ふっ! やっ! えいっ! ボディッ! まだまだっ! もう一発っ! あっはははははは! 先輩、頑張るじゃないですかぁ~。 涙流しながら必死に耐えてる姿、とってもかわいいですよぉ。 でももう流石に限界みたいですね。 ね、先輩。トドメ刺してほしいですか? 嫌なんですか? 先輩、そんなこと言える立場じゃないよね。 降参したらどうかって何回も聞いてたのに、全部無視して。 まあ嫌なら別にいいけど。 このまま私が飽きるまで、パンチ叩き込み続けるだけだから。 やっぱりトドメが欲しいんですね。 素直になってくれて嬉しいです。 じゃあ最後は右アッパーで気持ちよく失神KOしちゃいましょうね。 10秒数えてあげますから、その間に覚悟してくださいね。 じゅう、きゅう、はち、なな、ろく、ご、よん、さん、に、いち、 アッパーッ!! あ、起きました?先輩、どうなったか覚えてます? そう、私のアッパーで本当に失神しちゃったんですよ。 よかったですね、意識が残ってたらきっと痛みとか悔しさとかでおかしくなってたでしょうから。 あれ、先輩また泣いちゃったんですか?先輩は泣き虫さんですねぇ。 ああ、そういえば先輩が気絶してる間に記念撮影させてもらいました。 ほらこれ見てください。鼻血と涙で顔面ぐちゃぐちゃになって、お腹も真っ赤になっちゃってますよ。 とっても素敵な写真ですよね。後で先輩にも送ってあげますね。 これですか?別に誰かに見せるとかはしませんから大丈夫ですよ。 ただ先輩の情けなくてみっともない姿を記録として残しただけです。 消してほしいんですか?嫌です。 どうしても消してほしいんだったら……そうですね、いつか先輩が私に勝てたら、その時は消してあげます。 ああ、なんだったら私がボクシングを先輩に教えてあげてもいいですよ? 自分が弱いという事をちゃんと認めて、私の言うことをしっかり守れば強くなれると思いますよ。 返事はまた今度でいいですよ。 じゃあ、私は行きますから。 先輩は少し休んで行ってもいいですけど、ここの鍵はちゃんと職員室へ返しにいってくださいね。 そのボコボコになった顔で女子ボクシング部の部室の鍵を返しに行ったら驚かれちゃうと思いますけど、ちゃんと言い訳考えておくんですよ。 ふふふふ……じゃあね、先輩。