とん、とん。 とん、とん。 一定のリズムでシーツを叩く音が薄暗い部屋の中で聞こえる。 手触りのいいクッションやぬいぐるみ。 子ども向けの玩具に囲まれた大きなベッドの上で髪の長いその子は眠っていた。 とん、とん。 シーツを優しく叩く彼を隣に寝かせ、抱き着くようにして眠っている。 細く小さな寝息がすうすうと聞こえてくるのを感じながら彼はその手を止めた。 「やっと眠ってくれたかな」 眠そうな声でぽそりと呟いて横目で壁に掛けられた時計を見る。 出勤しなきゃ、そう動いた唇は声を漏らさない。 抱き着いた細い腕を静かにはがして自分の代わりに大きなクマのぬいぐるみを抱かせる。 最近は精神的にも落ち着いているからぐっすり眠ってくれている。 ひどい時は自分の体温が離れるだけでも起きてしまうくらい不安定だからむやみに心配をさせたくない。 起きてもし自分が居なかったら……きっとひどく錯乱してしまう。 自分が何者なのか、ここがどこなのか。 何も分からない彼女は一人を嫌う。 一人きりでは耐えられなくて助けを求めて錯乱する。 物を壊すくらいならいい。だけど、それで怪我をしたら大変だ。 泣いている彼女も、噛み締めた唇から血がにじむのももう見たくない。 何も分からないのだから、分からないままでいい。 思い出せないまま傷を癒せるなら癒してあげたい。 全てを思い出したとしても、その後で滞りのない日常を与えてあげたい。 それまでは支えようと思った。 かつて守ることができなかった大切な人だから。 彼女が自分のことを好きかどうかすら分からなくなってもずっと隣に居続けることを選んだ。 「ひとりは、寂しいもんね」 昔、彼女がそう言ってくれた。 何気ない言葉かもしれない。 でも、その言葉にかつての自分は救われたから。 今度は自分が彼女を救いたい。 そのために何でもしようと思った。 ただ彼女のために眠って起きて傍に居続けるだけの生活。 学校を休学しても、生活を維持するのは大変で、かたときも傍を離れられない状況でお金を稼ぐのは大変だった。 彼女が眠っている間に彼女と自分が暮らせるだけのお金が必要だから。仕方ないから。 大切な人を守ることすらできなかった自分を罰することでお金が手に入るなら。 色々な理由を付けてみたけど、自ら望んで風俗に堕ちた。 限界だった。我慢ができなかった。 大切な人の前でめちゃくちゃに蹂躙された体はもう普通のセックスなんて求めていなかった。 過剰な快楽を欲しがっていた。 彼女との大切な日常を壊す前に、異質な場所に逃避することを自ら選んだ。 そうして今、彼女を壊したセックスを仕事にして彼女を生かしている。 今日は何をしてもらえるんだろう。 入っている予約の予定を携帯で見ながら出勤用の衣装に着替える。 喜んでもらえるなら、とプレゼントされたものを身に着けているだけだったが 足を通すとその布面積の少なさに腰のあたりがぞわぞわしてしまう。 そんな感覚ですら甘い快楽に直結していて、仕事の前から期待で体が熱くなってしまう。 どうしようもなく、期待をしていた。