では……。  最後にもう一度お伺いしますが、本当に宜しいのですか?  ……。  既にご説明した通り、この度香椎 結月が罹患した『病』につきまして、貴方様に責任はございません。  結月には、以前からこの病の兆候があった。  考えられる要因としましては、過度のストレス。  つまり『彼女が今の暮らしに不満を抱いているから』と仮定するのが自然でしょう。  しかし、その『今』に、貴方様が含まれているとは断言しかねます。  ……本日、三か月ぶりにお会いになるはずだったのですから。  ……ですので、はっきりと申し上げます。  『結月が心配』という貴方様のお気持ちは、大変有難く頂戴しております。  ですが……だからと言って、貴方様が治療を申し出る義理や、義務はないのですよ。  ……。  『会う約束をしているから』と仰られますか。  たとえそれが仮想空間の中になったとしても、貴方様は約束をお守りになりたい。  ……そうお考えなのですね。  承知致しました。  それでは、スマートフォンをお預かり致します。  並行して、貴方様の生体情報を読み取らせて下さいませ。  うん?。  あら……。お持ちでない?。  ……成程。  破損されてしまったのですね。  承知致しました。  それでは、大変恐れ入りますが、ID等に関しましては、手入力をお願い致します。  では……最後に確認を。  私達の目的は『病』の治療です。  その方法とは、これからご入室いただく仮想空間にて、結月の『病』が何であるのかを空間内で本人の口から聞き取り。  その上で彼女の願望を読み取り、それらを全て成就させる事です。  これが果たされた時点で結月は覚醒し、貴方様も自動的に帰還できる事でしょう。    ……もし、失敗に終わった場合。  その時は、制限時間後、貴方様はお一人でお戻りになり、我々は結月の自然な覚醒を待つのみとなります。  タイムリミットは百二十分。  私達は、それまでに、目的を達成する必要があります。 それから……貴方様もご存じの通り、治療用の仮想空間内は、治療対象の主観によって構成されております。  貴方様もその影響を、大いに受けると予想されます。  具体的には、そうですね……。  空間内では、結月が貴方様に感じているイメージが、そのまま適応されるとでも言いましょうか。  たとえば結月が、貴方様の事を『とても力持ち』と思っているとします。  それが事実ならば、空間内ではそれが強調されるという仕組みです。  貴方様は、現実ではとても出せないような、凄まじい腕力を発揮できるでしょう。  またこれは、結月や貴方様が実際には知りえない、未確認情報も対象となります。  例えば結月が、貴方様の事を『とても絵がうまそう』と思っていたら。  現実の貴方様は、絵を描く事が不得手でも。  あるいはそもそも絵を描いた事がなく『自分は絵がうまいかどうか』すら把握していなかったとしても。  空間内では、別人のような画力を手にする事ができるのです。  つまり、結月の印象と実態が一致していれば、それは非常に強く。  印象と実態が一致していない場合でも、それなり以上に……貴方様は強化されるという訳ですね。  はい。仰います通り、今のはポジティブな印象における例でございます。  ご指摘の通り、本来仮想空間内では、ネガティブな印象も強調されます。  しかし、結月の脳と接続している私の権限で、それらを無効化します。  患者の脳に働きかけ、治療担当者様が少しでも有利に治療を行えるように取り計らう。  それが私の役目だからです。  然様でございます。  私が、ここから貴方様をお守りいたします。  そうですね……いわば私は、仮想空間に入る際のデメリットを打ち消し、コンピューターゲームで言う所の『つよくてニューゲーム』に似た状態を可能にする存在とでもいいましょうか。  どこが『つよく』なるのか、指定も、予想もできないのが難点ではございますが。  ……つまり、仮想空間内は、全て結月の都合のいいように歪曲されており、そこで何が起きるかは私にも見当がつかないという事です。  そこでは決して結月を止める事はできず、全てが彼女の意のまま。  おまけにそれを、結月自身も自覚していない。  ……何が起きるかわかりませんよ。      承知致しました。  それでは、危険な旅になりますが……。  成功を心よりお祈りしております。  そちらへおかけになって……目をお閉じになって下さい。  それでは……接続を開始します。  貴方様のご協力に、感謝致します。