10. クーロンの寵愛耳かき おぉ、お前、よいところに来た。 ほれ…ちょっとこっちへ来い。 ふふ、これを見よ。 確か…耳かき、というのであったか。 人の子らが、耳掃除に使う道具だと聞き及んでおるが…。 どうだ? ふわふわの綿毛もついていて、実に気持ち良さそうであろう? …あぁ、これはな、捧げ物の中に混ざっておったのだ。 あまりこういった類の物が捧げられることは少ないのだが…。 ふふ、折角の機会だ… お前で試してやろうではないか。 …さぁ、我の膝へ頭を乗せよ。 主が手ずから、従者の耳を掃除してやるぞ? …ん、何をしておる? 我が、お前の耳かきをしてやると…そう言っているのだぞ? 躊躇ってなどいないで、早くせよ。 これは命令だ。 うむ…それでよい。 しかし…角が少々邪魔そうだな? 我ほどの大きさでないとはいえ、体勢が辛かったら言うのだぞ…? …そうか、大丈夫ならよい。 それでは早速、耳の中を…。 …ふむ。 よく考えたら、お前の耳をこうまじまじと見るのは初めてだな? 改めて見ると…我のものとは結構違う…。 ふふ…面白い…。 …これはやりがいがありそうだ。 耳かき…いくぞ? …どうだ? 痛かったりはせぬか…? …気持ちいい? ふふ…そうか。 ならば、力加減は問題無さそうだな…? 見る限り、人の子の耳は繊細な器官のようであるし…。 我も…誤って傷つけないよう、慎重にやるとしよう…。 …ん?申し訳ない…? くふふ…たわけ、そこは「ありがとうございます」と言うておけ。 礼よりも謝罪が先に出るようでは、人となりまで卑屈になってしまうぞ…? お前にはこの地を守る真の従者として、 堂々とした態度でいてもらわねばならぬ…。 代弁者たるお前が、自身の無さそうな立ち振る舞いを見せておったら、 皆も不安になってしまうだろう…? …あぁ…勿論我とお前、二人きりの時は別だがな…? 今の様な、他の皆には見せられぬ気の抜けた姿も… 我の前でだけなら、見せることを許す。 ふふ…その代わり、我もお前と居る時は取り繕ったりせぬからな。 お前が「可愛い」などとほざく、我のあられもない姿… 見られるのは、お前だけだ。 良かったな…? …それにしても、我がこのように誰かの耳を掃除してやるとはな…。 遥か昔の我が知ったら、どういう反応をするか…。 …ん、我の歳…? ふふ…お前、そんなことを知ってどうする? ドラゴンの歳など、何の当てにもならぬぞ…? …ふむ、興味本位か…。 しかし…残念だが、その問いには答えてやれぬ。 なぜならば…ふふ、覚えておらぬからな。 …当然であろう? 百や二百ならばまだしも… 千も二千も毎年数えておったら、我とて気が狂うてしまうわ。 …安心しろ、お前もその内そうなる。 くふふ…。 …我が思うに…。 大切なのはきっと、何年生きたかではなく… これから何を成すのか、ではないか…? お前には、我の従者として成さねばならぬことがあるだろう…? …ふふ、よもや忘れた訳ではあるまい…? 我に一生仕え、我を護る…。 どちらもお前が言い出したことだ。 …精々頑張るといい…。 期待、しておるからな…。 …さて、このぐらいでよいか。 次は、こっちの綿毛がついている方で仕上げだ。 …ふふ、こちらも気持ちよさそうだな? お前の顔、見ているこちらまで呆けてしまいそうだ…。 …どうした、眠たくなってきたか…? ふふ…よい。 ならばそのまま、我に身を預けておけ…。 ふ~~…。 っと、すまぬ…起こしたか? 最後に残っている塵を飛ばしてしまおうと思ったのだが…。 …なに?もっとしてほしい…? ふふ、仕方のない奴だ…。 では…いくぞ…? ふ~~…。 ふ~~…。 …これでよし、だな…。 さて、次は反対側だ。 お前よ、そのままこちら側を向けるか…? うむ、よしよし…。 それでは…ん? 何だ…随分と気恥ずかしそうにして…。 我の方に顔を向けるのが、それほど気になるのか…? …であれば、目でも瞑っておれ。 さすれば、多少は気も紛れよう…。 ほれ…始めるぞ…。 …ふふ、こちら側も気持ちよいか? お前のその、安らいだ表情…。 どうやら、我のやり方に間違いはないらしい…。 …当然であろう? 我の手にかかれば、従者一人を耳かきで骨抜きにすることなど造作もない。 お前の…主だからな。 …お前も、他ならぬ我にしてもらっていることを思えば、 一層気持ちよくなってしまうのではないか…? 我の膝の上で、我に語り掛けられながらの耳かき…。 何ともまぁ…贅沢なことよ…。 …また、お願いしてもよいか…だと? ふふ、よいに決まっておるだろう。 お前が望むのであれば、何度でも… 我はこうして、お前の耳を綺麗にしてやる…。 …しかし、きっとやり過ぎるのもよくはなかろう…。 ここまで繊細な器官だ…。 もしかしたら、繰り返し行うことで傷ついてしまうやもしれぬ…。 故に…耳かきは、偶のご褒美ということにしようではないか。 お前も、その方が日々の楽しみが増えて良かろう…? …うむ、ならば決まりだな。 ふふ…。 …また眠たくなってきたか…? ふふ…心配せずとも、耳かきは最後までしてやるゆえ… その眠気に無理して抗うことはないのだぞ…? 夢心地のまま、すやすやと… 我の膝の上で寝入ってしまうがいい…。 …よし、粗方汚れは取れたな。 では…仕上げは勿論、ふわふわのこれだ…。 …お前は、本当に気持ちの良さそうな顔をするな…? 今は我の方に顔を向けていることも忘れ… ただ耳かきの気持ちよさを感じ、夢現を漂っておるようだ…。 ふふ…本当に愛おしい奴…。 …お前を従者にしたのは、今思えばただの気紛れではあるが…。 気付けばお前は、我と同じ時間を共有できる、かけがえのない半身となった。 しかし…。 お前にとっては、そう易々とは死ねぬ、その体が必ずしもよいものとは限らぬ…。 そう…思うこともあるが…。 我がきっと、お前に後悔などさせぬ、 忠誠を捧ぐに相応しい主であることを、この先も約束しよう…。 ふふ…お前にばかり誓いを立てさせていては、少々ずるかろうしな…? …ふむ、こんなものか…。 それでは…。 ふ~~…。 ふ~~…。 …うむ、完璧だ。 くふふ…我ながら、耳かきの才能があるやもしれぬ…。 お前もそう思うであろう…? …おっと、とっくに眠ってしまっていたか…。 ならば、起こしては可哀想だな…。 ん…なで、なで…。 おやすみ…。 我の愛しい従者よ…。 夢の中でも、共に在りますよう…。