【R.G.L】 ラギッド・グレート・ライアーズ ──────────────────────────────────── よく晴れたある日の出来事。 庭仕事を終えた独居老人ジョンは、友人のトニーが営む飲食店へと足を運ぶ。 ──────────────────────────────────── 【ジョン】 邪魔するぜー、トニー。 【トニー】 おぅ、ジョン。いらっしゃい。 何にする? いつものか? 【ジョン】 おう、カプチーノで頼む。 【トニー】 シナモン? チョコレート? 【ジョン】 いや、パウダーは要らねぇ。 ん、はぁ……あ〜。 【トニー】 お疲れかい? 【ジョン】 ああ、庭弄りしてたら、ちと腰に来てな。 俺ももう年かね? あー、やだやだ。 【トニー】 まっ、わざわざ俺んトコまで来て 茶ぁ飲む元気があるうちは大丈夫だろ。 【ジョン】 はぁ、早く孫の顔が見てぇなぁ。 こうして出歩けるうちにさ。 【トニー】 その前にまず嫁さんだろ? 最近どうなんだ、マシューの奴は。 俺はもう3年……ん? 4年か? とにかく、もう随分と顔を見とらんが。 【ジョン】 俺だってそうさ。 あんにゃろぅ、全然帰って来やしねぇんだ。 学生時代から割とそうだったが 就職してからは電話すらマジで滅多に寄越さねぇ。 【トニー】 親不孝な坊主だ。 【ジョン】 楽しくやってんなら、それでいいけどよ。 【トニー】 実際、男ってのはそんなモンだわな。 俺たちだってそうだったろ。 便りがないのは元気な証拠ってな。 【ジョン】 ん、いや。たまーにお便りは届くんだよ。 【トニー】 なら、マシューは若い時分の俺たちより上等だな。 【ジョン】 つーか先週来た絵葉書、どこからだと思う? スイスだぜ、スイス。 その前は香港やらシドニーやら。 【トニー】 世界を股にかけるセールスマンか。 華々しいこって。 【ジョン】 おう、自慢の息子だよ。 成績優秀、品行方正、清廉潔白。 オマケに髪もふっさふさってな。 【トニー】 そりゃ結構。親父に似なくてよかったな。 【ジョン】 うるせーやい。 【トニー】 お前が言い出したんだろうが。 ほいよ。 【ジョン】 サンキュー。 ズズ……ふぅ。 ……まっ、なんだな。 よく出来た息子だよ、あいつは。 だからこそ、変な事に巻き込まれたり 妙な女に引っかかって人生狂わせちまうのだけはご勘弁ってな。 ──────────────────────────────────── 自身の仕事を進めていたシャルロッテのもとに、顔見知りのマシューが訪れる。 いつもと変わらず朗らかに話しかけてきたマシューだったが、 彼は突然機器を破壊し始め、挙句の果てに施設そのものも爆破してしまう。 ──────────────────────────────────── 【マシュー】 やぁ、シャル。 ごめん、お邪魔だったかな? 【シャル】 大丈夫よ、マシュー。 ちょうど一区切りついた所だったから。 【マシュー】 それはよかった。 【シャル】 それで、マシュー? 何か用? もしかして食事のお誘い? ランチなら付き合うけれど。 【マシュー】 僕としてもそっちの方が望ましいんだが、ちょっと込み入った話がある。 【シャル】 何? シリアスな感じ? 【マシュー】 ああ、かなりね。 【シャル】 私をからかうためのフリじゃなくて? 【マシュー】 残念ながらね。 【シャル】 分かったわ。少し待って。 今、作業データを保存するから。 【マシュー】 焦ってミスしないでくれよ? 【シャル】 お子ちゃまじゃないんだから、大丈夫よ。 ほら、現時点の成果はしっかりと封入いたしましたわ。 【マシュー】 ご苦労様。 じゃあ、このメモリは僕が預かろう。 【シャル】 え? な、ちょ、ちょっとマシュー? 【マシュー】 そのままこっちに。席から離れて。 【シャル】 な、何なの? 何する気? ちょ、ちょっと、ねぇ? え? えぇ? 何するのよ、マシュー! 貴方正気? 【マシュー】 説明はまた後で、落ち着いてから。 【シャル】 今すぐしてよ! 【マシュー】 驚かせて悪いとは思ってる。 でも、あまり時間はないんだ。 だからほら、走って走って。 【シャル】 何なのよ、もう! 貴方おかしいんじゃない? 【マシュー】 とにかく走って。 大丈夫。君は僕が守るよ。 【シャル】 何からよ! たった今、人の作業環境をぶち壊したくせに! 【マシュー】 今は口より足を動かして! ……よし。 【シャル】 どこがどうよしなの! ああもう、マシュー! 貴方、CIAを敵に回すつもり? 【マシュー】 必要とあらば、それも仕方ないさ。 【シャル】 なっ……。 【マシュー】 僕らの敵は最早CIAそのものだ。 ──────────────────────────────────── 爆破現場から車で逃走したマシューとシャルロッテ。 突然の凶行に戸惑いや怒りを隠せない発明家に向けて、エージェントは事情を説明する ──────────────────────────────────── 【シャル】 ……で? 何がどうなってるの? 無知蒙昧な小娘に順を追って懇切丁寧に説明してくださるかしら、マシュー・アンダーソンさん? 【マシュー】 シャルロッテ・フェルランド。君は実に優秀な発明家だ。 君が考案した新型エネルギー炉「セフィロ」は、ハーバー・ボッシュ法以上の革命を世界にもたらすだろうね。 まさに天才。しかも人当たりもよくてチャーミング。非の打ち所がない才女だ。 【シャル】 お世辞はいいから本題に入って。 【マシュー】 フォーク・モーリーたちが君を狙ってる。 君の身柄と研究成果を国外に売り捌くつもりだ。 【シャル】 誰、それ? テロリストか何か? それとも産業スパイ? 【マシュー】 残念ながら僕の同僚、CIAの現役エージェントたちだ。 正式な手続きを踏んで事を進めてたんじゃ、どう考えても後手に回ってしまう。 だから少々手荒だけど、流出を防ぐためにはこうするしかなかった。 【シャル】 非常時には非常識な手段を取らざるを得ないって言いたいわけ? 【マシュー】 実際、僕が動かなければ、君は今頃フォークたちに囚われていたはずだ。 【シャル】 まぁ、あり得ない話じゃないと思う。 でも貴方が正気で、頼れる味方だっていう保証は? 【マシュー】 ん? 【シャル】 実は貴方こそが裏切り者で、私を国外に連れ出すつもりの売国奴。 フォークは、それを防ごうとしてる正義の味方……かもしれない。 さっきの爆破で、何もかも滅茶苦茶。 オフラインかつスタンドアローンな環境だったから、雲の上にだってデータは残ってない。 大事な情報は私の頭の中と、貴方が勝手に掴み取ったメモリの中だけ。 つまり貴方には巨万の富を得るための手札が揃ってるわ。 【マシュー】 うん、確かに。 【シャル】 それだけ? 反論や説得は? 【マシュー】 今は信じてくれとしか言えないな。 【シャル】 無理ね。 家族でも恋人でもないでしょ、私たち。 【マシュー】 ん。僕らはそこまで親しい仲じゃない。 だからお互いに仲良くなる努力をしよう。 今後ともよろしく、シャル。 ところでお腹空かない? 何か食べたい物は? 【シャル】 マイペースな人ね。 【マシュー】 栄養補給と睡眠は大切だからね。 健康を疎かにする生活を続けちゃ、長生き出来ない。 【シャル】 長生きしたいなら、エージェントなんかになるべきじゃないと思うけど? 【マシュー】 ははっ、確かに。 ──────────────────────────────────── 一先ずの安全圏へと離脱したマシューとシャルロッテ。 会話が途切れたのでTVを点けたところ、画面の中にはマシューの父・ジョンの姿が……。 ──────────────────────────────────── 【マシュー】 今日はここで休もう。 【シャル】 同じ部屋? 【マシュー】 我慢してくれ。 【シャル】 はぁ、もう。 これからどうする気? 仮に真相が貴方の主張通りであっても、今の貴方はCIA管理下の施設を爆破して研究員を連れ攫った犯罪者よ? 組織の中に裏切り者がいるんじゃ、身の潔白の証明なんて出来っこないじゃない? 追っ手に包囲されて銃殺されるその時まで、ひたすら逃げる気? 【マシュー】 君みたいな可愛い子と一緒なら、逃亡劇も悪くはないね。 【シャル】 マシュー、真面目に答えて。 【マシュー】 合衆国内にはCIAとはまた別系統の諜報機関がある。 その名はアルファセクター。 【シャル】 つまりベガスの都市圏警察は汚職塗れで信用出来ないから 西のロス市警に話を持っていくって感じ? で、そっちにも売国奴が潜んでたら? 【マシュー】 その時は……もう終わりだな。 【シャル】 貴方のキャリア……ううん、人生の終焉ね。ご愁傷様。 【マシュー】 君だって人事じゃないぞ? 合衆国そのものや世界すら終わるかもしれない。 【シャル】 いくら何でも大げさじゃない? 【マシュー】 自分がどんなに偉大な発明家なのか、君はもっと自覚すべきだと思うね。 君が生み出したセフィロは、世界のバランスを狂わせかねない代物だ。 【シャル】 む、ぅ。 【マシュー】 ……すまない。別に責め立てる気はないんだ。 君は何も悪くない。 君の知性や発想は褒め称えられるべき物だと、心から思う。 【マシュー】 あー……TVでも観るかい? 【シャル】 私たちの事、ニュースになってる? 【マシュー】 公表されてない施設だからな。 一般的なニュースじゃ扱われないはずだ。 【ジョン】 何かの間違いだ。俺はクスリなんざ持ってねぇ! 売り買いした事も、使った事も、一度もねぇ! おいコラ、何撮ってやがる! 【キャスター】 本日、DEA当局は国際的な麻薬密売組織の本部を発見したと発表しました。 この組織のボスはジョン・アンダーソンと見られ、その身柄は既に確保されています。 ジョン・アンダーソン容疑者は麻薬の密造・密売に関する囮捜査に引っかかり、その正体を露呈させた模様です。 現在もなおジョン・アンダーソン容疑者は自身の関与を否認し続けています。 近隣住民の話では、容疑者は普段から温和な人柄で、今回の逮捕に関しては……。 【マシュー】 父さん。 【シャル】 貴方の、お父様? 【マシュー】 くそっ、フォークめ。 【シャル】 冤罪なの? ううん、ごめんなさい。冤罪に決まってるわよね。 父親が麻薬組織のトップなら、貴方がエージェントに採用されるはずないもの。 【マシュー】 そう言う事だ。 施設の爆破と、エージェントと研究員の失踪。 そこから僕の経歴を洗い直して初めて気づけたっていうのなら、節穴過ぎる。 これは……僕へのハラスメントで、メッセージだ。 【シャル】 ねぇ、貴方のお父さんってどんな人なの? 【マシュー】 普通の人だよ。 本当に、ごく普通の。 僕とは違って、こんな事態とは無縁の、平々凡々な……毎日を穏やかに過ごして……。 ──────────────────────────────────── 麻薬王として逮捕されたジョン。 無罪を訴えるも全く耳を貸してもらえず、その声は空しく室内に響いた。 ──────────────────────────────────── 【ジョン】 くそ、不当逮捕だ、不当逮捕! さっさと弁護士を呼べ! クソ田舎の爺だからってナメんなよ? 徹底的に戦うからな、俺は! 【スタン】 まぁまぁ、落ち着いてください、アンダーソンさん。 【ジョン】 けっ! ……で? 【スタン】 はい? 【ジョン】 何かあんだろ? ほら、取り調べとか、検査とか……ぁっ。 そう、検査だよ! 俺にはヤクの容疑がかかってるんだろ? なら、まず最初に色々と検査すんのが筋ってモンだろ? さっさとやれよ。絶対、何も出ねぇからよ! ほら、ボケっとしてねぇで検査キット持って来い! 【スタン】 落ち着いてください、アンダーソンさん。 そう怒鳴っては疲れるでしょう? お体にもよくありませんよ。 お年を召しておられますし、どうかご自愛ください。 【ジョン】 人様の家に押しいっといて、今さら何言ってやがんだ。 【スタン】 いいですか、アンダーソンさん? 我々が貴方に求める事は、ただ1つ。 とてもシンプルな事なんです。 どうか、ここで大人しくしていてください。 【ジョン】 ああ? 取り調べは? 【スタン】 それはまたいずれ、そのうちという事で。 【ジョン】 はぁ? 曖昧だな? 弁護士はいつ来るんだ? 【スタン】 そもそも呼びません。 【ジョン】 だーもー! 担当を変えろ! コイツまともに仕事する気ねぇぞ! 見てんだろ、おい! マジックミラー越しによぉ! 【スタン】 ご覧の通り、全てミラーではなく普通の壁ですよ。 ここは遮音性が高いだけの部屋で、実は取調室ですらないんです。 【ジョン】 おいこら、捜査の可視化やら透明性はどうした! 密室で取り調べとか何時代だよ! 【スタン】 ご了承ください。 事態は実に流動的な物でして。 【ジョン】 ええい、くそ! うわー、誰かー! マジで助けてくれ、殺される―! まともな警官を呼んでくれー! あー! わー! 【スタン】 ははっ、独り芝居が随分とお上手で。 拍手のひとつくらいは差し上げましょう。 貴方の無駄な足掻きを称えて、ね。 【ジョン】 ちぃっ。本当に誰も来やしねぇ。 【スタン】 ご理解頂けましたか? 騒いでも無駄なんですよ。 手錠が擦れて、ただ貴方の手首が痛くなるだげでぼぉ! が、ご、ぉ。 【ジョン】 ご心配なく。もう外したよ。代わりにどーぞ。 地元のデカでもDEAでもない……CIAか? んー、ビンゴか。 しっかし、なんで今さらCIAが俺にちょっかいを出してきやがるのやら。 ……そいじゃ、俺はもう出るからよ。 お前さんはどうぞ、ごゆっくり? 迷惑料って事で諸々頂いてくが、悪く思うなよ、坊や。 ──────────────────────────────────── 理不尽な束縛から辛くも脱出したジョンは、友人に助けを求める。 ──────────────────────────────────── 【ジョン】 トニー、今時間あるか? 暇ならちょいと手を貸して欲しいんだ。 【トニー】 あー、ちょっと待ってろ。 【ジョン】 あん? もしかして運転中か? タイミングわりぃな。お出かけ中かよ。 【トニー】 おう、ちょいと友達を迎えにな。 ……お前さんの事だからな。 そろそろ出てくる頃合だろうと思って待ってたんだ。 【ジョン】 ふぅ、ありがとよ。 前言撤回、ナイスタイミング。 【トニー】 お勤めご苦労さん。飯は臭かったかい? 【ジョン】 水一杯すら出されてねぇよ。 【トニー】 ほいよ、カプチーノ。 【ジョン】 おっ、気が利くねぇ。 【トニー】 で、何がどうなってんだ? 独居老人が一夜にして麻薬王だぜ? さすがの俺もビックリだ。 【ジョン】 中央情報局の奴らが絡んでる事は確かだが、まだよく分からんね。 【トニー】 ふむ。俺たちゃ色々と不都合な真実を存じちゃいるが ……今さら口封じって事もなかろうしなぁ。 いやまぁ、上層部の代替わりで方針転換した可能性もある、か? 【ジョン】 不幸にも陰謀に巻き込まれた哀れな爺さんって感じの対応だった。 俺が諜報員だったって情報は下りてなかったみてーだ。 つーか、もらっててアレなら、もう救いようがねぇな。 あー、マジで思惑が見えねぇ。 ……つーか、問題は俺じゃねぇ。マシューだ、マシュー。 親父が麻薬王だなんて事になったら、あいつの人生はどうなる? 俺は息子の足を引っ張るハタ迷惑なダメ親父だけにゃなりたかねぇってのに。 【トニー】 で、どうするね? 【ジョン】 とにかく情報が要る。俺はまだ蚊帳の外だ。 事態の中心を知らなきゃ話になんねぇ。 【トニー】 ふむ。具体的には? 【ジョン】 ラングレーに潜る。 全貌を把握するにはそれが一番手っ取り早い。 【トニー】 ほっほぅ、大胆なこって。 【ジョン】 人手の確保や何やら、やる事ぁ盛りだくさんだな。 こりゃぁ久々にでかい仕事だぜ、トニー。 【トニー】 そうか。うん、頑張れよ。 【ジョン】 あん? おい、トニー? 【トニー】 俺はここまでだ。 【ジョン】 どういう事だよ。 【トニー】 どうもこうもあるかい。 手助けして欲しけりゃ、出すモン出しな。 【ジョン】 おいおいおい、この緊急事態に薄情な事言うなよ。 【トニー】 いいか、ジョン? 俺はお前さんの相棒だ。 【ジョン】 おう、何だかんだ長い付き合いだよな。 感謝してるぜ、色々と。 【トニー】 あくまでお友達だ。 おとっつぁんでもおっかさんでも女房でもねぇんだ。 無償の愛なんざ、出迎え分とカプチーノで終いさ。 【ジョン】 ちっ、わーったよ。 じゃ、1万ドルでどうよ? 【トニー】 お降り口は右側となっております。 どうぞ、足元にお気をつけて。 【ジョン】 5万ドル。 【トニー】 もう一声。 【ジョン】 6万? 【トニー】 けち臭いねぇ。 10万ドルPON☆っとくれるくらいの気前の良さを見せろよ。 貧乏臭さに悲しくなっちまうだろ。 【ジョン】 んじゃ、諸経費込みで10万ドル。 事が片付き次第、キャッシュで。 【トニー】 あいよ、商談成立。 じゃ、行きますかね。 ──────────────────────────────────── 父親に無実の罪を着せられたマシュー。 雨の中、公衆電話ボックスへと足を運び、同僚のフォークをコールする。 ──────────────────────────────────── 【マシュー】 ごきげんよう、フォーク。 【フォーク】 やぁ、マシュー。連絡をくれて嬉しいよ。 お父上が大変な事になって、君も心が苦しいだろう? 【マシュー】 フラッシュを浴びまくる父の姿には、思わず震えが来たね。 あんな風に注目される事は、絶対にない人だと思っていたから。 【フォーク】 私ならば君の力になれると思うのだが、どうかな? 不幸な勘違いやすれ違いという物は誰にでも起こるものだ。 腹を割って話し合う事で、我々はよりよい未来へと至れる。 そうだろう? 【マシュー】 売国奴と交渉する気はない。 【フォーク】 私は愛国者だよ、マシュー。 誰よりも国を思い、国を愛し、国に忠誠を尽くしている。 信じられんか? 私などとは何も語る舌を持たぬと? では何故私に連絡を寄越したのかな? 【マシュー】 そんな気分だっただけさ。 【フォーク】 強がりもほどほどにしろ。 君が賢い選択をすれば、お父上の冤罪も晴れる。 全て元通りに出来るんだ、マシュー。今なら、まだ。 親子揃って破滅する事がお望みかな? 【マシュー】 破滅するのはお前ら売国奴だけだ。 覚悟しておけ、フォーク。 ──────────────────────────────────── マシューの強硬な態度に呆れと怒りをにじませるフォーク。 そんな中、彼の職場に火災の発生を知らせる非常警報が鳴り響いた。 ──────────────────────────────────── 【フォーク】 ちっ、度し難い男だ。 【アンジェ】 対象の詳細な位置は判明しませんでした。 【フォーク】 分かっている。挑発と攪乱が目的だろう。 【スタン】 フォーク、報告がある。 【フォーク】 スタンか。なんだ? ああ、アイツの親父が何か吐いたか? マシューは甘い男だ。 肉親にはそれとなくいくつかのセーフハウスを伝えている可能性が高い。 ふふ、例え何も出ずとも、肉親がこちらの手の中にある以上、マシューは……。 【スタン】 いや、その、言いづらいんだが……逃げられた。 【フォーク】 は? 何を言っている。 【スタン】 逃げられたんだよ。マシューの親父に。 い、いきなりだったんだ! 急に殴りかかって来て! 【フォーク】 老いぼれ1人まともに管理出来んのか、この間抜けが! 【スタン】 う、くっ。 あ、あと、地元警察やDEA側に少なからず動揺というか、不信というか。 現にアンダーソン宅からは芥子粒ひとつ見つかっちゃいない。 CIAと極秘ってフレーズで押し切りるにも、さすがに限度が。 【フォーク】 とにかくそちらはお前が収拾しろ。 【スタン】 あ、ああ。分かった。 なぁ、マシューたちの行方は? 【フォーク】 こちらは万事問題ない。 お前はお前の役目を果たせ。 【スタン】 了解した。その……すまない。 【フォーク】 ちぃ、子も親も、揃って雲隠れとはな! どこまで私の邪魔をするつもりだ! 【アンジェ】 ん? あっ! な、ま、まさか……。 【フォーク】 今度はなんだ! 【アンジェ】 じゃ、ジャック・アンダーソン! ジャック・アンダーソンです! たった今、姿を捉えました! 【フォーク】 何だと? 奴は今どこだ! 【アンジェ】 こ、ここです。 【フォーク】 …………は? 【アンジェ】 館内、第3通路を北に向かって、小躍りしながら進んでいます。 カメラが捉えました。 【フォーク】 何だと! 見せろ! な……く! 何なんだ、この老いぼれは! 【アンジェ】 ど、どうしますか? 【フォーク】 とにかく全ての出入り口を封鎖しろ! 誰も外に出すな! いいか、全館緊急封鎖! 緊急封鎖だ! ―――!? ええい、どうした! 次から次に! 【アンジェ】 各所で火災警報装置が作動しています! 【フォーク】 警報を止めろ! 間違いなく攪乱戦術だ! 消防も中に入れるな! とにかく今は蟻の子一匹出入りさせ…… 【アンジェ】 ば、爆発音です。 【フォーク】 そ、そのようだな。 【アンジェ】 あっ、た、炭疽菌センサーにも反応が……。 【フォーク】 ぬぁぁ、クソが! ──────────────────────────────────── 調べ物をした結果、自慢の息子が就職先を偽っていた事を知るジョン。 ガックリと肩を落とした彼は、すぐに不貞寝し始めるのだった。 ──────────────────────────────────── 【トニー】 置き土産は上手く動いてくれたかね? 有り合わせの工作だから、ちと不安だ。 【ジョン】 まっ、あくまでオマケ。 多少ビックリしてもらえりゃ儲けものってな。 はい、皆さん火事ですよ〜っと。 ……で、何でこうなっちまったのか、原因は分ったかい? 【トニー】 もう少し待て。 ん、ぬ。 えぇい。 車体の揺れと、画面のちらつきと、老眼。 これほど最悪な組み合わせがこの世にあろうか? ん? お……マシュー。 ああ、マシューだな、これは。 【ジョン】 あん? あいつがどうした? まさかマシューにも、もう何かちょっかいが出されてたのか? 【トニー】 いや、事の発端がマシューらしい。 【ジョン】 どういう事だよ? あいつはただのサラリーマンだぜ? 【トニー】 そりゃ嘘だ。 【ジョン】 あぁ? 【トニー】 ほれ、見ろ。 【ジョン】 な、ぅ。 【トニー】 お前の自慢の息子はCIAのエージェントで、セールスマンなんかじゃなかったって事だ。 んで、今回の逮捕劇も、どうやらマシューの仕出かしに起因してるらしい。 【ジョン】 ま、マジかよ。マシューが? よりにもよってCIAの? 嘘だろ、おい。 【トニー】 残念だが現実だ。 俺たちが忍び込んで情報を抜くって想定して 誰かが細工を仕込まれてない限りは、な。 【ジョン】 あぁ……はぁ〜……ぁ〜。 【トニー】 大丈夫か? 【ジョン】 めげるね。 ……運転変ってくれ。 ちょい不貞寝するわ。 【トニー】 へいよ。 【ジョン】 いや、おい。何やってんだ。 【トニー】 話し相手がいなくなるんだぞ? BGMでもなきゃ寂しいだろ。 【ジョン】 寝るっつってんだろうが! ──────────────────────────────────── 逃避行中のマシューとシャルロッテ。 一縷の望みを目指して進む彼らの前に、不審な車両が立ちはだかる。 ──────────────────────────────────── 【シャル】 ねぇ、マシュー? この先にアルファセクターがあるの? 【マシュー】 いや、ないよ。 【シャル】 じゃあ、どこに向かってるのよ? 【マシュー】 そもそも僕はアルファセクターの本部や支部の場所を知らない。 以前はロサンゼルスにあったそうだけど。 【シャル】 はぁ? 【マシュー】 当然だろ? 部外者なんだから。 でも、知り合いにアルファ所属のアルバイターがいるんだ。 現状、この伝手が僕らにとっての一縷の望みだね。 【シャル】 大丈夫なの? アルバイトの人って聞くと、何だか不安になるわ。 【マシュー】 大丈夫。頼りになる人だよ。 実際、昔はとても優秀な工作員だったらしい。 【シャル】 昔? 【マシュー】 もういい歳だから業務内容を見直して、嘱託職員として契約し直したって聞いてる。 だからアルバイター。 【シャル】 何か……極秘の情報機関も意外と普通の企業と変わらないのね。 ん……ねぇ? 何か難しい顔してるけど、また懸念事項? 【マシュー】 前の車が気になる。 【シャル】 前? 前に車なんて走ってないじゃない。 【マシュー】 いや、いる。約50m先。 たまたま進行方向が同じなだけの一般車両だとは思えない。 距離を保ってこっちの出方を窺ってる。 【シャル】 CIAの追っ手? 【マシュー】 いや、そういう気配でもない。 【シャル】 んー……あっ! 実は駆け落ち中の若い恋人たちとか? 親とか探偵とかが自分たちを追って来てるんじゃって考えて、神経質になってるの。 それがマシュには不審に思えてしまうっていう……そんな偶然の可能性はどうかしら? 【マシュー】 いいね、ロマンチックで。 それが正解であってくれればいいんだけど。 ──────────────────────────────────── 仕事をこなすため古い友人のもとへと急ぐジョンとトニー。 そんな彼らの後を追う不審な車両が、一台。 老いてなお精強な2人組は、にわかに警戒を高める。 ──────────────────────────────────── 【トニー】 おい、起きろ。 お客さんかもしれん。 【ジョン】 あぁん? 【トニー】 後ろ。ライトも点けず、付かず離れず。 どこのどなたさんかね? 【ジョン】 何であれ、余計なモンくっ付けたまま会いに行ったら、嫌味連発されちまうよ。 ここらで対処しとかねぇと。 【トニー】 外すなよ。そして殺すな。 【ジョン】 へっ、誰に物言ってやがる。 【トニー】 寝起きのお爺ちゃん。 【ジョン】 野郎、避けやがった。 随分とイイ目と反射をお持ちのようで。 【トニー】 つまり疑心暗鬼で素人さんにちょっかいを出したわけじゃなし、と。 よかったよかった。 【ジョン】 来るぞ、ハンドルトチんなよ! 【トニー】 誰に物言ってやがる! 【ジョン】 老眼のお爺ちゃんにだよ。 もうかなり暗い上に山道だしな! 崖から真っ逆さまなんてゴメンだぜ! 【トニー】 外したくせに偉そうに。 【ジョン】 あっちが避けやがったんだよ! うぉっと! くっ! 【トニー】 さっさとパンクさせちまえ! 【ジョン】 今やるところだ! ちょっと待て! 【シャル】 ひひぃ!マシュー、まだ撃って来てる! あれ絶対駆け落ち中の高校生とかじゃないわ! 【マシュー】 しっかり捕まって、頭は低く。ちょっと揺れるよ。 【シャル】 ひぁぁ! は、あひぃ! 【ジョン】 ちぃ、ちょこざいな! おいトニー、弾は? 【トニー】 ああ? そこにあるだろ? 【ジョン】 もう使っちまったから聞いてんだ! 【トニー】 そこにないならないですね! 【ジョン】 気の利かねぇスーパーの店員みてぇな事を! 【トニー】 いつまでもあると思うな、親と金と弾! そもそもお前さんがさくっと決めりゃ問題なかったんだよ! ぐぉ! むぅ! 【ジョン】 ぐぬ! ぅぅ、うぉっ! 【トニー】 車のパワー自体はあっちが上か! くっ! あ、ああ!? ミラーが! ジョン、修理費は別途請求していいよな! 【ジョン】 経費込みっつったろ! 【トニー】 ちくしょう。さっさとどうにかしてくれ! 【ジョン】 トニー、真横に着けろ! 【トニー】 どうすんだ? 【ジョン】 弾がねぇなら、運転手をぶん殴ってやらぁ! 最後に物を言うのはいつだってこれよ、これ! 【トニー】 よし、ぶちかましてやれ! 撃たれんなよ? そぉいっ! 【シャル】 きゃん! あぅ! あっ、ま、マシュー! 相手が横に! 【マシュー】 分かってる! 見えてるよ! 見え……え? 【ジョン】 あぁ? 【シャル】 どうしたの、マシュー? 【トニー】 どうしたんだ、ジョン? 【マシュー】 と、父さん! 【ジョン】 マシュー! 【シャル】 え、ええええ? マシューのお父様? 【トニー】 なんだと、マシューが? うぉ、本当にマシューじゃねぇか! どうなってんだ? 【マシュー】 と、トニーおじさんまで! 【ジョン】 って、トニー、おい! まえまえまえ! あぁっ! 【トニー】 お、おぁぁっ! ──────────────────────────────────── 本日は来客がある予定なので、夕食を作っていたお料理上手の老翁ケイン。 ふと……奇妙な風切り音が薄っすらと聞こえてきたため、彼は自然と視線を持ち上げた。 ──────────────────────────────────── 【ケイン】 ふーふーふーふーふーふー♪ これでよし、と。 ……ん、作り過ぎたか? いやまぁ、このくらいなら喰い切れるだろ。 【キャスター】 先日お伝えした麻薬王の逮捕劇についてですが、その後FBI、DEA、そして地元警察もその後沈黙を守っています。 当局の独自取材では、アンダーソン邸内を捜索した結果、現時点で麻薬をはじめとした不審物が発見されていないとの情報も……。 【ケイン】 ふむ、いまだ沈静化せず、か。 あいつもすっかり時の人だな。 …………ん? ぬぉおぉっ! ……わぁお。 ──────────────────────────────────── 思わぬタイミングで再会を果たし、さらにうっかり崖から転落して目的地へと大幅ショートカットしたアンダーソン親子。 潰れた車から這い出すやいなや、2人は元気に親子喧嘩を勃発させる。 ──────────────────────────────────── 【ジョン】 おいこらマシュー! てめぇ、CIAなんぞに入りやがって! 何がユニバーサル・トレンド・カンパニーのセールスマンだ、この大嘘吐きめ! 【マシュー】 あ、貴方は! 貴方は何なんだ! 【ジョン】 実の父親の顔が分からねぇってのか、このスカタン! 【マシュー】 父さんがこんな所にいるはずがない! 変装か! 【ジョン】 んぎゅむ、ん、んぉぉ、なにしやがりゅ! テメェこそ本当にマシューか、あぁん? 【マシュー】 ぐ、がっ、ぬ、むぅぅっ。 【ケイン】 そこまでだ。 まったく、いい歳して見っともない。 【ジョン】 け、ケイン。 【マシュー】 せ、先生。 【ジョン】 ……先生? お前、ケインとどういう関係だ? 【マシュー】 そ、そっちこそ。 どうして父さんが先生にそんな、親しげに? 【ケイン】 それはジョンが俺の同僚だったからだ、マシュー。 若き日のジョンは、アルファセクターのエージェントだった。 【マシュー】 は? 父さんが? 【ケイン】 ああ、ジョンが。 【マシュー】 エージェント? 【ケイン】 とびっきり腕利きのな。 【マシュー】 どういう事だ、父さん! 今までそんな事、一言も! 【ジョン】 お前だってそうだろうが! 本当の事は何も言わねぇでよぉ! 俺は息子が全うな表の職に就いてくれたって、大喜びしてたんだぞ! 【マシュー】 仕方ないだろ! 家族や友人にも真実を話しちゃいけなかったんだ! 【ジョン】 俺だってそうさ! 引退した後も守秘義務はあんだよ! つーか、ケイン! お前だけ全部知ってたな! 【ケイン】 ああ、数奇な運命ってものを感じたね。 【ジョン】 何で俺に何も言わなかったんだ! 【ケイン】 仕方ないだろ? ご存知の通り、俺たちはそう言う生き物だ。 お前に俺を責める権利はない。だろ? 【ジョン】 ぐぐぐ、まったくもってその通りだが、納得いかん! お前1人だけ把握してたってのがムカつくぜ。 【ケイン】 父親に何も言わなかった息子。 息子に何も言わなかった父親。 そしてその両方に何も言わなかった俺。 まったく、スパイという生き物は度し難いもんだな? 【ジョン】 何を微笑ましそうに笑ってやがんだ、この野郎。 笑い事じゃねぇんだよ、こっちは。 【ケイン】 外で長話もなんだ。さっさと中に入れ。 丁度夕食も出来たところだ。 【ジョン】 おうよ。俺たちは色々と、しっかり話し合わなきゃならねぇようだからなぁ。 【ケイン】 家の壁やら庭の花壇やらの修繕費についてとかな。 退職金、使い果たしてないだろうな? 【ジョン】 すまん。何だって? 最近ちょっと耳が遠くなっちまって。 ちなみにハンドルを握ってたのはトニーだ。 【トニー】 ……そこで俺に振るなよ。 ──────────────────────────────────── 家屋の一部が損壊したものの、幸いにして出来立ての料理たちはほとんど無事だった。 シャルロッテ、トニー、ケインは席につき、あたたかな食事に舌鼓を打つ。 ──────────────────────────────────── 【シャル】 あの、ご馳走様でした。 美味しかったです。 【ケイン】 口に合ったのなら何よりだ。 【シャル】 マシューとお父様……大丈夫でしょうか? 【ケイン】 お嬢さんが気にする事じゃない。 ああいうのは放って置けばいいんだ。 【トニー】 そうそう。ガキじゃねぇんだ。そのうち割り切るだろうよ。 ……どうした、お嬢ちゃん? 【シャル】 あ、いえ、ふと……マシューたちが食事を摂らないのは、 手作り料理は不用意に食べないっていうスパイ的な掟などもあるのかと。 【トニー】 いいや、ありゃ単にちょいと気まずくて食う気になれないだけさ。 信用出来ねぇなら、そもそも最初からここに来るべきじゃぁない。 頼りにした以上は、飯も情報もありがたく頂くべきなんだよ。 ご厚意は無碍にしちゃいけねぇもんさ。 ああ、ありがとよ、ケイン。実に美味い。古き友に心からの感謝を。 【ケイン】 慈善事業じゃないから、お代はもちろん頂くぞ。 修繕費もな。 【トニー】 まぁ、その話は全部終わってからにしようや。 お代わり。 【ケイン】 はいよ。 【シャル】 仲がよろしいんですね。 皆さん、昔からそんな感じなんですか? 【トニ―】 時と場合によるな。 【ケイン】 出し抜き合ったり、殺し合ったり、色々あったな。 まぁ、今となってはどれもいい思い出だ。 時間は不満や確執にも丸みを帯びさせる。 さて、今後の予定だが、トランスペアレントに向かって身の安全を確保。 そこでセクターから派遣される人員を待ち、合流する。 【トニー】 つまる所、後は安全圏に逃げ込んで助けが来るのを待つだけ。 CIAは俺たちの動きを追い切れてない。 まっ、逃げ切ったも同然だな。 【ケイン】 油断はロクでもない結末を招き寄せるぞ? 最後まで気を抜くな。 【トニー】 千里を行く者は九十を半ばとせよ、だったか。 【ケイン】 おい、比率がおかしいぞ。百里、もしくは九百にしとけ。 【トニー】 細かいねぇ、相変わらず。他愛ないお喋りだってのに。 【シャル】 後もう少しドライブするだけ。 それで、この騒ぎは終わり。 だって追っ手はこっちを捉えきれていないから。 そう……後もうちょっと、なのね。 【ケイン】 どうした? このドタバタが終わってしまう事が名残り惜しいか? マシューとの逃避行は、存外楽しかったと見えるな。 【シャル】 い、いえ、そんな事は! やっぱり何事もない平穏な毎日が一番だと思いますし! 【ケイン】 そうか? 【シャル】 そ、そうですよ、ええ。 【ケイン】 気を付けろよ? 危機的状況下で芽生えた慕情は長続きせんものだ。 仮にマシューに何ら感情を抱こうとも、あっさり流されんよう注意しておけ。 若い娘にとっては損になる事も多々ある。 【トニー】 おいおい、お前さんこそ気を付けろよ? そりゃセクハラって奴だぜ? 【ケイン】 そうなのか? 【シャル】 あ、あははは……はは、は、は。はは……。 ──────────────────────────────────── 気まずさから食事を摂らず、無言で並び座り続けていたアンダーソン親子。 沈黙に耐えきれず先に口を開いたのは、父親のジョンであった。 ──────────────────────────────────── 【ジョン】 ……おい、マシュー。 黙りこくってねぇで、何か言ったらどうだ? 【マシュー】 父さんが工作員だったなんて、思いもしなかった。 でも、案外これでよかったのかもしれない。 【ジョン】 あん? 【マシュー】 無実の罪で捕まって、無意味な拘束とか取り調べに苦しめられる父さんはいなかったって事だからさ。 【ジョン】 おう、そうだな。 ……楽しいか、仕事は。 【マシュー】 おかげ様で、充実してるよ。 【ジョン】 こんな事になってもか。 【マシュー】 さすがにいつもいつもこんな感じじゃないさ。 【ション】 そうか? 【マシュー】 うん。 ……いや、よくよく思い返してみると、割とこんな感じかも知れない。 【ジョン】 まぁ、そんなもんだよな。 【マシュー】 うん。退屈とは無縁だ。 父さんは昔……どんな感じだった? 【ジョン】 俺か? あー……まぁ、ぼちぼちやってたよ。 【マシュー】 ぼちぼちって言われてもなぁ。 【ジョン】 自慢出来るような武勇伝なんざ、パッと思いつかねぇよ。 ちょいと運が良かっただけって思える事ばっかりだったからな。 【マシュー】 分かるよ。 どれだけ準備しても、最後は運任せというか、 無理矢理押し通るしかないっていう状況には、僕も心当たりがある。 ……ははっ、何か変な感じだ。父さんとこんな風に話すなんて。 【ジョン】 俺もだよ。 絶対にないと思ってた。 【マシュー】 昔の話、また今度聞かせて欲しい。 勿論、無理のない範囲で。 【ジョン】 となると、やっぱりあんまし喋れる事ぁねぇなぁ。 【マシュー】 いいさ、ほんの少しでも。 これまで全然聞かせてもらってなかったんだから。 【ジョン】 お前も話せよ? 【マシュー】 勿論。 【ジョン】 んじゃ、話はこの辺で切り上げて、俺らも飯にするか。 で、ちょいと休憩してから……最後のドライブだ。 ──────────────────────────────────── 行方を晦ませていたマシューとシャルロッテ。 フォークたちは情報を集め続け、ついに手がかりを入手。本格的な追撃に繰り出す。 ──────────────────────────────────── 【フォーク】 動きがあったそうだな? 【アンジェ】 はい、こちらをご覧ください。 マシュー・アンダーソンとシャルロッテ・フェルランドの携帯電話の位置情報サービスが作動し、GPSで場所を特定。 携帯電話の電源はその後すぐにオフになりましたが、代わりにこの地点から別のシグナルが発信されています。 【フォーク】 この建物は? 【ケイン】 一般住宅です。世帯主はケイン・バーンハード。元諜報員です。 第1線を退いた後、CIAのコーオプ教育や新人研修プログラム、犯罪捜査官訓練プログラムなどを補佐していました。 15年前、マシュー・アンダーソンはインターンシップの際にバーンハード氏と関わりを持っていた事が確認されています。 その後、プライベートで関係を深めていたかどうかまでは確認が出来ていませんが……。 【フォーク】 現に今、家に足を運んでいる。 なるほど? つまり進退窮まったマシューは、恩師を頼った。 そして恩師は奴を温かく迎え入れつつ、己の良心に従い我々に密告したわけか。 よし、地元警察に協力を要請。スワットも可及的速やかに現地に向かわせろ。 幸い、現場は人里離れた僻地の一軒家だ。 包囲し、一気に制圧する。静かに、速やかに、人知れず……。 【アンジェ】 部隊を派遣し、包囲を完了させるには、少なくない時間を要するものと思われます。 【フォーク】 ん? 何故だ? 【アンジェ】 現在合衆国内で同時多発的に騒動が発生しており、各地の警察はその対応に追われています。 おそらく短時間とはいえこちらに動揺が走った事で、潜伏中の他国のユニットがさらなる重圧をかけようとしたものと思われます。 【フォーク】 くっ、つまる所、アンダーソン親子のせいというわけか! とにかく現地に飛ぶぞ。ヘリを手配しろ。 マシューにこれ以上の逃走劇を許すわけにはいかんのだ。 【アンジェ】 はっ。 【リチャード】 モーリー君。 【フォーク】 はっ。 【リチャード】 何やらにわかに騒がしくなっておるようだが、問題はないのだね? 【フォーク】 はっ、無論です。何らご心配には及びません。 どうか心安らかにお過ごしくださいませ。 【リチャード】 ふむ、そうか? ならばよいのだが。 【フォーク】 速やかに事態を収束させ、詳細な報告をお持ちいたします。 今しばらくお待ちください。 【リチャード】 うむ、よろしく頼むよ。面倒のないようにな。 【フォーク】 ……はん、何ひとつ役に立たん老害め。 耳障りな囀りを聞かずに済む分、死体の方がまだマシだな。 ──────────────────────────────────── ヘリでマシューたちの後を追うフォーク。 ちょっとした信念や価値観の差から、彼は長年一緒に仕事をして来た女性と口論となる。 ──────────────────────────────────── 【アンジェ】 対象は現在、山林道を北上しています。 【フォーク】 あれか。2台走っているが。 【アンジェ】 シグナルは後方車両から発せられています。 この先……22キロ先には小型機専用空港があります。 そこが目的地やもしれません。 【フォーク】 セスナか何かに乗り換えるつもりか? 相変わらず落ち着きのない奴だ。 ちっ、このままでは地上との連携も取りづらいな。 【アンジェ】 大丈夫なのでしょうか? 【フォーク】 不安か? 【アンジェ】 当初の想定から逸脱しております。 【フォーク】 確かにな。 マシューに先んじられた事で何もかもが狂い、滞りっぱなしだ。 まったく厄介な奴だよ。 だが、まだ我々が敗北したわけではない。 逆に位置を特定し、迫りつつある。何も問題ない。 上を押さえて、まずは威嚇射撃で足止めし……。 【アンジェ】 ぁっ。ぇ、S671、被弾! 対空ミサイルが直撃した模様です! 撃墜は免れましたが飛行継続は困難であり、即時不時着を試みるとの事ぁあっ、また! 【フォーク】 フレアー! くっ、もういい! 撃ち殺す! 【アンジェ】 お、お待ちください! セフィロ奪取が我々の使命! 万が一にもシャルロッテ・フェルランドや情報記憶媒体を損傷させるわけには! 【フォーク】 全ては祖国のために? 【アンジェ】 そうです! 我々の最優先事項を見誤らないでください、同志! 【フォーク】 素晴らしい愛国心だ。 だが、私にとっては何の価値もない物でもある。 【アンジェ】 え? なっ、あ、が……な、何故……。 【フォーク】 君と私とでは愛する国が違う。 仮に研究員を無事に確保出来たとしても、あまりに注目が集まり過ぎている。 こんな騒ぎになってしまった以上、密かに国外に連れ出す事など不可能だ。 セフィロは合衆国内にあり続け、多大な成果を生み続けるだろう。 ならば、どうするか? 破壊し尽すしかない。 我が国との差をこれ以上広げられぬように、な。 【アンジェ】 は、はぁ、無理だ、出来ないと、諦めて、楽な道に、逃げる。 敗北主義者め。恥を知れ。 【フォーク】 負け犬の遠吠えは耳障りだな。 これでいい。静かになった。 やはり死体はいい。喧しくなくて。 お前やマシューは合衆国の宝を奪い去ろうとした売国奴。 私はそれを辛くも阻止した献身的な愛国者。 そんな筋書きで上手く話をまとめてやるさ。 さぁ、マシュー。お前もさっさと大人しくなってくれ。 ──────────────────────────────────── ヘリを一機撃退したものの、残ったもう一機に頭上から銃撃されてしまうマシュー一行。 ──────────────────────────────────── 【シャル】 マシュー! 滅茶苦茶撃って来てるわよ! ひぅ! ひぃ! 絶対怒ってるわ! 【ジョン】 すまねぇな、お嬢ちゃん! 撃ったのは俺らなのによぉ! 【シャル】 あのヘリも早く撃退してくださいよぉ! 【ジョン】 残念ながら、サブマシンガン程度じゃ嫌がらせにもなりゃしねぇ! なぁ、ケイン、携行ミサイルはもうねぇのか? 【ケイン】 そこになければないな。 【ジョン】 ええい、ちくしょう! 俺は大嫌いだよ、そのフレーズ! 【トニー】 マシュー、この先を右折。旧道に入るぞ。 【マシュー】 了解。シャル、しっかり捕まってろ! 【シャル】 ひん! ひゃ、あぅ。う、ぐっ。ひぃ、んん! こ、ここ、本当に道? 舗装されてないけど! 【マシュー】 ドライブロードじゃなくて、ハイキングコースだな。 でもその分、木々が射線を遮ってくれる。 【シャル】 ひぃ! あっさり折られてる! あ、あんな太い木が! 【マシュー】 2連装40ミリ機関砲だからな。 【シャル】 ぅぅぅ、私が窓から顔出して、手を振ってみるのはどう? 【マシュー】 危ないから止めなさい。 【シャル】 で、でも! 私が乗ってるって分かれば、攻撃を止めてくれるんじゃ? 【マシュー】 どうだかね。 【シャル】 あぅっ、う、ぐ! 正直、私、自分だけは殺されないって、タカを括ってたわ。 だってそうでしょ? 私が必要なんでしょ? なんでこんな、容赦なく撃ってくるの? うぁ、ひぎゅ! 【マシュー】 気を付けないと舌噛むよ。 【シャル】 もっと早く言って! 【マシュー】 しっかり捕まって! 飛ぶよ! 【シャル】 はぇ? ぅあ、あ、あああ〜〜〜! んぎゅぅ! は、あひっ、ひぃ、ひぃぃ。 死ぬ、死んじゃう! 【マシュー】 大丈夫! この先はヘリじゃ追って来れない。一息つけるよ。 【シャル】 ふぇ? あ、あぁ、トンネル……は、はぁ〜。 【ジョン】 よぅ、無事かい? 【マシュー】 ああ、そっちは? 【ジョン】 なーに、かすり傷だ。 【シャル】 お父様たちも無事、みたいね。よかった。 でも、これからどうするの? トンネルを出たらまたヘリに攻撃されるし、 ここでじっとしてるだけじゃそのうち包囲されて捕まってしまうでしょ? 【トニー】 おい、じっくり考えてる暇はなさそうだぜ。 【ジョン】 これ……ヘリの音か? 入って来る気か? ヘリで、トンネルに? おいおい、マジかよ。 【ケイン】 随分と大胆だな。それだけ操縦に自信があるのか。 【ジョン】 何としてもここで俺たちを仕留めてぇんだろ。 あちらさんも必死ってわけだ。 おい、マシュー。ここは俺らに任せて、お前さんらは先に進みな。 【マシュー】 父さん? 【ジョン】 ヘリは俺たちが何とかしてやる。 前を見て、先に進め。 こっちは気にすんな。 【マシュー】 何をする気なんだ? 【ジョン】 んな事ぁお前にゃ関係ねぇ。 ボケっとしてねぇで、さっさと行きやがれ。 よくある事さ。気にすんな。 【マシュー】 ……………ふぅ。 分かった。じゃあ……また後で。 【ジョン】 おう。 【シャル】 ま、マシュー? いいの? お父様たち、大丈夫なの? 【マシュー】 僕らが傍にいれば勝率が倍になるってわけでもないし、ベテランが任せろと言ったんだ。任せるさ。 僕の最優先事項は、君やセフィロの国外流出を防ぐ事だ。 何としても。 【トニー】 で、どう対処するんだ? 有効打になる武器もなけりゃ、接敵までの時間もねぇぞ? 【ジョン】 やる事ぁ、シンプルだ。 機銃を避けつつ壁に突進して、イイ感じにニトロ吹かして、こう……くるんとループ。 迫りくるヘリを体当たりで落とす。 トンネルっつー地形を有効活用したジェットコースター作戦だ。 【ケイン】 まぁ、順当だな。 致命傷こそ避けたが、もうボロボロだ。 長くは走れそうにない。 最後に一花、派手に咲かせてやろうじゃないか。 【トニー】 必要なのは速度と運。 伸るか反るか、大博打だな。 【ケイン】 精々弾をばら撒くとしよう。 多少の目晦ましにはなるだろ。 【ジョン】 おう、しっかりやってくれ。 俺らの腕前が合わさりゃ、そう分の悪い賭けでもねぇさ。 ……うっし。行くぞ。 【シャル】 ま、マシュー、今の音……。 【マシュー】 僕は、何も気にしない。 【フォーク】 は、はぁ、はぁ、は、はぁ、あぁ。 【スタン】 フォーク! 大丈夫か? ああもう、ひどいな。 滅茶苦茶じゃないか。よく生きてたな。 【フォーク】 ギリギリの所で、ヘリから身を投げたんだ。 【スタン】 お、お前だけか? アンジェは? 【フォーク】 彼女なら、あの炎の中だ。 【スタン】 そ、そんな、なんて事だ。 【フォーク】 ああ、それより、スタン。 お前……お前……けほっ。 【スタン】 どうして俺がここにって? そりゃ明らかに中でトラブってるのに、皆揃って突撃するわけにもいかないだろ? でも無線も通じないし、何がどうなってるのか把握するためにも、とりあえず俺が様子を見に来たんだ。 【フォーク】 そんな事は、聞いてない。 ……お前の、車。 【スタン】 ん? 【フォーク】 借りるぞ。私は、マシューを追う。 【スタン】 は? え、あ、ちょ、お、おい! 無理するな! お前もうボロボロで……! おい! ──────────────────────────────────── 父親たちの助けを借り、一先ずの目的地へと到着したマシューとシャルロッテ。 そこはとても堅牢そうな、古めかしいシェルターだった。 ゲートの開放を進めていたところ、1台の車が強引に飛び込んできた。 壁に追突し、今にも爆発炎上しそうなほどひしゃげた車両から姿を現したのは、フォークだった。 ──────────────────────────────────── 【マシュー】 ここか。元は……60年代の核シェルターか。 確かにこの中なら安全そうだ。 【シャル】 時間が止まってるみたい。 ちゃんと動くのかしら、これ? 【マシュー】 大丈夫。こういう類いは古いからこそシンプルにして頑丈だよ。 【シャル】 ねぇ、マシュー? あの、話があるの。 私は、貴方に謝らなければいけない。 私のせいで、その、お父様があんな事に。 【マシュー】 君のせいじゃない。 気にするな。 【シャル】 ううん、違うの。だって……だって、元はといえば私が。 ―――ひぅ!?こ、今度は何? 【フォーク】 やぁ。久しぶりだな、マシュー。 【マシュー】 フォーク! 【フォーク】 随分と手間をかけさせてくれたものだ。 おかげ様で……見ろ。この有様を。危うく死にかけたよ。 【マシュー】 悪くないコーディネートだ。よく似合ってるよ。 いや、もっと血と泥に塗れた方がいいんじゃないか? 【フォーク】 お前は、本当に私をイラつかせるのが上手い。 この腹立たしさ、どうやって晴らせばいい? 【マシュー】 僕の知った事か。 まぁ、その辺の崖から身を投げたらスッキリするんじゃあないか? 【フォーク】 つくづく忌々しい。その顔を見ていると反吐が出る。 【マシュー】 奇遇だな。僕もお前の事は嫌いだよ。 だが、会えて嬉しいとも思ってる。 ああ、ここまでわざわざ足を運んでくれた事には感謝しよう。 打倒されるためだけにわざわざどうも、フォーク・モーリー君? 【フォーク】 ふん、減らず口を。 【マシュー】 それにしても、よくここまで辿り着けたな? 【フォーク】 ふはは、気づいていなかったのか? お前は裏切られてたんだよ。 お前から……いや、違うな。 そちらのミスフェルランドから、シグナルが出ている。 お前らがバーンハード邸に辿り着いた時点で、な。 人知れず発信器を忍ばさせられたんだろう。 【マシュー】 何だと? 【フォーク】 早い話、お前は恩師に見捨てられていたわけだ。 私が信号を辿ってここまで来た事がその証。 哀れだな、マシュー・アンダーソン君。 ……ぐっ! 【マシュー】 僕がそんな下らない軽口で動揺するとでも? 【フォーク】 うっ、く、そう言う割に、力がこもってるじゃぁないか! なぁ! 【マシュー】 がっ、く! 【フォーク】 お前が余計な事さえ、しなければ! 邪魔なんだよ! お前がいなければ、全て上手く行っていたんだ! 【マシュー】 僕ごときに邪魔されて躓いているようじゃ、何かを成し遂げるなんて、とてもとても。 くだらない野望の半ばで野垂れ死ぬのがお似合いだよ。 【フォーク】 黙れ! 【マシュー】 ぐ! 【シャル】 あ、ああ、もうダメ! 火の回りが早過ぎる! マシュー、早く逃げて! 焼け死んでしまうわ! 【フォーク】 ……だそうだ。お遊びはここまでだ。 殴り足りないが、ここらで閉幕としよう。 それでは、さようなら、マシュー・アンダーソン君。 ……ん? む? 【マシュー】 探し物は……これか? 【フォーク】 お前! がっ! ぐ、ぅ! 【マシュー】 手癖が悪くて申し訳ない。 だが、銃も弾も全部君に返した。 問題ないだろ? 【シャル】 ま、マシュー、大丈夫? 【マシュー】 ああ、平気だ。さっさと中に入ろう。 ──────────────────────────────────── シェルター内に足を踏み入れ、しかと門扉をロックした2人。 安堵し、戦闘の興奮も冷めたためか、痛みを覚えるマシュー。 シャルロッテは苦痛を堪える彼を甲斐甲斐しく治療する。 ──────────────────────────────────── 【マシュー】 はぁ、はぁ、く。 【シャル】 メディカルキットがあったわ。 薬は……ちょっと使うのが怖いから、とりあえずガーゼと包帯で止血だけ。 【マシュー】 ありがとう。 【シャル】 死なないでね、マシュー。 【マシュー】 はは、死なないよ。心配要らない。 どれもこれも致命傷には程遠い。 ……そういえば、さっきの話。 【シャル】 え? 【マシュー】 謝るとかどうとか。 本当に何も気にしなくていいんだ。 何もかも、全部フォークたちが悪い。 あいつらが何も仕出かさなければ、こうはなってない。君は悪くない。 【シャル】 それは、そうなんだけど……でも……でもね? 私が……。 ―――え? い、今の音、何? 扉は全部厳重にロックされてるはずでしょ? あっ、アルファセクターの人が到着したのかしら? 【マシュー】 まだ連絡してない。 【シャル】 え、じゃ、じゃあ、何なの? 【マシュー】 シャル、こっちへ。僕の後ろへ。 【シャル】 え、ええ。 【ジョン】 こっちで合ってんだよな? 【マシュー】 と、父さん! 【シャル】 お父様! 【ジョン】 あん? 何だよ、幽霊でも見たような顔しやがって。失敬な奴らだな。 【シャル】 す、すみません。 てっきり皆さんはヘリにカミカゼ特攻して、その……。 【ジョン】 まぁ、さすがにちょっとばかし危うかったぜ。 【トニー】 ああ。車にエアバッグと消火器がなかったら死んでたかもしれん。 【ケイン】 備えあれば患いなしだな。 【ジョン】 言ったろ、よくある事だ、気にすんなって。 【マシュー】 ははっ。どうやら僕もまだまだらしい。 っていうか、父さんもまだまだ現役でやれるんじゃ? 【ジョン】 よしてくれ。こんなのはもう2度と御免だ。 【トニー】 それが新たなる冒険の始まりを告げる一言になるとは、この時は夢にも思わぬジョンであった。 【ケイン】 止めろ、トニー。 俺たちもまた巻き込まれるかも知れんぞ? 【トニー】 ああ、それは確かにご勘弁。 ──────────────────────────────────── 事態終息まで逃げ続け、無事に保護されたシャルロッテ。 その後、彼女は本案件のクライアントのもとへと出向き、詳細を報告する。 ──────────────────────────────────── 【シャル】 ……以上、此度の一件のご報告となります。 【リチャード】 うむ、ご苦労。 これで我が組織内の澱みもいくらか減らせた事だろう。 【シャル】 正直に申し上げまして、大変疲れました。 【リチャード】 ふふ、だろうな。 長めの休暇を許可する。 ゆっくりと休みたまえ。 【シャル】 新たな研究設備の手配、そして予算と時間もご用意頂きたく思います。 【リチャード】 無論だ。契約は守る。 君の理想……セフィロが現実の物となる事を、私も願っているからな。 では、下がりたまえ。 【シャル】 はい。失礼いたします。 【リチャード】 ……ふーむ。 【マシュー】 彼女は研究に没頭させてあげるべきですよ、リチャード。 【リチャード】 いつからそこにいた、マシュー。 【マシュー】 無論、最初から。 ここに僕を呼んだのは貴方でしょう? ちゃんとノックもしましたよ。 【リチャード】 今後は私が気づくまでしつこくノックし続けて欲しいものだな。 ……では、君からも語ってもらおうか。 全てを把握していた演者としての視点からな。 【マシュー】 全てを把握していたのは貴方だけでしょう? まったく、ひどい上司もいたものです。 【リチャード】 ここを出た瞬間から君も休暇に入って構わん。 それで水に流せ。 ああ、保養地としては……カリブやアルバがお勧めだ。 【マシュー】 参考にさせて頂きましょう。 まぁ、実際どこに行くのかはお伝えしませんが。 【リチャード】 所在地は常に明確にして欲しいのだがな? 【マシュー】 それじゃあ休暇になりませんから。