ここでは本作品のシナリオをまとめています。  作中では登場しなかった先生(貴方)の台詞もこっそりと載っています。  是非とも最後までお楽しみください!  ○1章 †我輩との出会い†   『ふっふっふ……! はーはっはっは!!!! 我輩に流れる魔王の血が騒いでいる。 やはり現世は心地が良い。 我輩の名はサタン。大魔王サタン。悪魔をすべる者──黒白(こくびゃく)の堕天使。 ……問おう、我輩を起こしたの貴様か?』 「そんなことより勉強するよ」    えっ……あっ…………はい。  そうだよね……せっかく来てもらったんだから勉強しないと勿体ないよね……って! そうじゃなくって!  ちょっと〜 ちゃんと乗ってよ〜  乗ってくれないと、私だけ馬鹿みたいじゃない。  コホン……それはさておき初めまして、私が七ツ役桃華だよ。  改めて確認だけど……あなたがお父さんの言っていた……家庭教師の先生、なんだよね?  ……ふーん。遠く離れた親戚かぁ……一応……その……私たち、これまで会ったことなかった……よね? 「ないけど、どうして?」  なんでって……ほら、私の家ってかなり大きいでしょ?  そもそもお祭り好きな人たちが多いってのもあるけど、ことあるごとに親戚やら村の人たちやらを家に集めて宴会するから、もしかして先生とも何処かで一緒になったことがあったのかな〜って思って。  もしも何処かで会ったことあるのに「親戚ですか?」なんて聞かれたらちょっとショックでしょ?  ……うん、うん。よし、初対面。それはよかった、本当によかった。  そうだ、先生。ここまで来るの大変だったでしょ。  うんうん、そうだよね。バスは出てるけど一日に朝と夕方の往復一本だし、自分で言うのもなんだけど、ちょっとアクセス悪すぎるかも。  慣れてる私でさえ不便だと思うんだから、先生からしたら尚更だったかな?  ……って、あれ?……んっ? ちょっと待って。  確認なんだけど、先生はこれからしばらくの間私の家庭教師をしてくれるんだよね?  そうなると必然的に家から近いところに住んでないとそれは出来ないわけで……  ふふふ……なるほど……なるほどね、これは親近感が沸いちゃうかも。  お兄さん、お兄さん、ここはどうか仲良くしようではないか。同じプー太郎同士ね。 「多分勘違いしてるよ。私は普通にリモートワーク。しばらく七ツ役家にお世話になるね」    ええっ!? 先生ニートじゃないの!? というかしばらくうちに泊まる!?  そんなの全然知らなかったんだけど!  でもそっか〜。ちぇっ〜。  先生も私と同じだと思ってちょっと期待しちゃったよ。  ……えっ……うん……ええっと……お父さんから……聞かなかった?  そっか……そう……だよね。  えっと……その……まあ……言いにくいんだけど……私、今学校行ってないんだよね。  ちょっと面倒になっちゃったというか……なんというか……一応テストは受けようとは思ってるんだけど…… 「もしかして学校で辛いことがあるの? もしそうなら……」  いやいや!大丈夫!いじめとかじゃないよ!? うちの学校珍しくそういうのないから!  うん……本当に大丈夫。  嘘なんてついてないって。もう先生ってば心配性だなぁ。  ……そうだ。心配だけじゃなくて、そもそも私のことに気をかけなくてもいいよ。  家庭教師のお仕事も、特にしなくていい。  そもそも私は勉強する気がないし、先生は時間いっぱい私と暇つぶしでもしてくれればいいからさ。  お父さんには先生がよく勉強を教えてくれてるって報告しておくし。 「そんなこと言って……進路はどうするつもりなの? ちゃんと勉強しないとレベルに合った大学に入れないよ」  ぐぬぬ……確かに勉強しないと大学には入れないかもだけど…… 『ふっふっふ……! 我輩は悪魔の道を進むのだからな! 魔界に勉強など必要ない。そこは心配御無用なのだ』 「問題。あってもかえって邪魔になるだけで役に立たないものを意味する熟語は?」    あってもかえって邪魔になるだけで役に立たないもの?  ええっと……無用の長物だっけ?  正解? やった!……じゃなくて!  ちょっと先生、自然な流れで勉強させないでよ  それに、そんな知識テストに出なくない!? 小学生じゃないんだから……  “無用”繋がりって……ちっとも上手くないし。  ちょっと、そんなに褒めないで!頭を撫でないで!  べ、べつに…… 『この程度の誉め殺し、それこそ我輩にとっては無用の長物であるのだ。悪魔の道に、馴れ合いなど不要。我輩が望むのは混沌とした日々なのだから!』  ……というわけで、馴れ合いはここまで。  先生は適当にそこらへんに座って暇でも潰しててよ。  あっ、そうだ。本棚の漫画は好きに読んでいいよ。お菓子も必要だったら持ってくるね。  それじゃあ私はゲームでもしてるから。  これからしばらくの間、よろしくね……先生?  ○2章 †我輩の部屋を片付けよ†    うーん、なに〜?  ちょっと待ってね。今ちょうどゲームがいいところだから。  ん〜、むむむ……よしっ……いけるっ……! よーし、クリア〜  いやぁ、久しぶりにやったけどなんとかクリアできたよ。  さてと……先生、どうかした?  今の私は気分がいいからなんでも言うこと聞いちゃうよ。 「部屋が汚すぎない?」    そ、そうかなぁ〜  そこまで汚いとは思わないんだけど……  あっ、ちょっと!そこ動かさないで!  そ、それは……えっと……小学生の頃の体操服……かな?  それは道具箱……です。中学生の頃の。  ……べ、別に!片付けができないとかじゃないんだよ?  高校上がる時にはちゃんと片付けてたし!  ……私だって、今のこの部屋が汚いってことくらい分かってるよ? 「じゃあどうして片付けないの?」    そ、それは…… 『ここは我輩一人が支配する空間であるからな。部外者がここに入ることは許されないのだ。この体操服たちは我輩を護る防壁……例え、我輩を産んだ両親たちであっても、我輩の城に踏み入れること能わぬ』  ああ、ちょっと待って先生!嘘です!片付けます!  今する!今します!させていただきますから!私抜きで勝手に片付け始めないでー!  はぁ……そうだよね。部屋……片付けないとだよね。  むむむ……うーん……ぐぬぬ……よし!やるぞ!頑張れ私!  さーて、どこから片付けようか……  ここは足の踏み場がないからなぁ……  ええっと……そもそも問題、片付けといってもまず何から始めればいいんだろうね。  片っ端からものを部屋の外へ〜ってやったとしてもお片付けにはならないし、まずは片付けるための段ボールとかが必要……  それじゃあ早速段ボールの用意を……ってもう用意してくれてるの!?早くない!? 「ちゃんと準備してきたからね」  まったく……何を見越しての準備なのさ。  ねえ、本当に先生は私の家庭教師をしにきたの?  だって先生、勉強道具なんて胸ポケットにボールペン一本しか持っていなさそうだし、それでいて段ボールの用意はしているし。  もしかして……先生は本当は先生じゃなくって、呼ばれてもいない清掃業者のお兄さんだったりして……?  ほうほう……そういうことはつまり……! 『ふっふっふ……! 随分と命知らずな人間がいたものだ。 我が物顔で他人の領地を侵犯する。紛れもなく悪の所業であろう。 しかし……それは我輩を黒白の堕天使サタンと知っての狼藉か?』  悪徳業者には正義の鉄槌をー!!!!  って、違った違った。 『悪魔の鉄槌を下してやろう!』 「グワーッ!」    あははっ! ありがと、今度はノッてくれて。  最近はお父さんもノッてくれなくなって寂しかったところなんだ。  お母さんは言わずもがなだけどね。  その変な口調をやめなさいって逆に怒られちゃう。  オッケー、オッケー、先生はちゃんと私の先生だよね。  もし仮に清掃業者だったとして、そしたらお駄賃は冷蔵庫のようかんとかになっちゃうと思うけどそこはごめんね。  うん。お婆ちゃんがようかん好きだから、私の家は冷蔵庫に絶対ようかん常備してるんだ。 「お婆ちゃん体調とか大丈夫なの?甘いものばかり食べて」    うん。お婆ちゃんはピンピンしてるよ。  ほら、うちって農家でしょ?  農家は肉体労働だからねー、少しぐらい甘いもの食べすぎたって糖尿病とかの心配はないよ。 「桃華の家って農家だったんだ」  え、というか先生、七ツ役家が農家って知らなかったの?  さてはお父さん……何も説明しないで先生を連れてきたな……  まあともかく、うちは農家だよ。  だからお母さんたち朝から早いんだ。五時にはもう働いてる。  大変だよね……だけど、その分やりがいもあるんだって。  採れたての野菜はすっごく美味しいし! 「桃華も将来お母さんたちの手伝いしたいの?」  私? 私は……  あはは……どうだろう。  分からないけど私も将来農業やったりして……あはは……  ええっと……そうだね……なし!この話はなし!  もー、変なこと言って困らせないでよ、先生。  と、とにかく! 『我輩の部屋を共に清掃し、汗をかく。 そして、ご褒美としてようかんを食べるのだ。 くっくっく……我輩の完璧な作戦に震えるが良い人間よ!』  そんな先のことを考えるより目の前のようかんだよ。  ほら、私たちでようかんを食べちゃえば、先生が心配してたお婆ちゃんの体調も守られるでしょ?  そうだよ。そうでしょう?そうだとも!  うん。やる気になってくれて私も嬉しい。  それじゃあ早速始めようよ。  よーし、やるぞー。今日は久しぶりにちゃんとお布団で眠るのが目標だからね。 「普段はどこで寝てるの?」    普段?ええっと……普段はその……ほら、そこに大きなクマのぬいぐるみがあるでしょ?  あれを部屋の外の縁側に持っていって……その上で寝てる。  ちょっと!なんで引き気味なの!?  良いじゃん!縁側は別に誰も使ってないし、クマは可愛いし、かっこいいでしょ!? 「寝心地悪そう」    まあ……寝心地は良くも悪くもって感じかな。  気分的にはトトロの上で寝てる感じになるよ。まあ、本物のトトロとなんて会ったことないんだけど。  私、あの映画好きだったんだ。小学生のころ家族と観てね、今でもいい思い出なの。  ……って!人が話している間にトトロを片付けないでよ!  ま、まあ……最終的には片付けないといけないんだけど……ちょっと心の準備ってものがあるじゃない……  むむむ……今片付けできない人だって思ったでしょ。  そうだよ。そうですよ!私は片付けが苦手なんですー。  簡単に片付けられたら……それこそ足の踏み場もない部屋になったりしないんだから……  まあでも、片付け方の方針が決まったよ。  先生が、部屋のものを私に持ってくる!そして、私がそれを必要かどうか判断する。これでどう?  うん、それでいいよね。よし、決定。  それじゃあ先生、ここはひとつよろしくお願いします。    まず一つ目は……ええっと、けん玉ね。  うん。小学生のころにもらったものだよ。  ほら、学校の授業で昔のおもちゃで遊んでみようって感じの授業があったでしょ?  その時に学校でけん玉をしたんだけど、私結構上手でね。  それで家でもやりたくなって、頼んだらお母さんがくれたんだ。  お婆ちゃんからのお下がりだって。  もしかしたら百年以上の年代ものかもしれないよ。  そうだねこれは……ええっと……その希少価値に免じて……必要!  とりあえず必要ボックスに入れて一旦保留!  よし次ね。次は……中学の制服。  これ結構気に入ってるんだ。今でもたまに着るよ。  ほら、セーラー服って珍しいでしょ?お母さんの頃はセーラー服が普通だったみたいなんだけど、最近だと少ないみたいじゃん。  実際、今の高校の制服はブレザーだし、他の学校に行った友達のところもみんなブレザーだって言ってたよ。  これもそうだね……今では貴重なものということで……あと可愛いし、必要!  必要ボックス行きに決定しました。  さあ、じゃんじゃん持ってきちゃって!  よーし来た。  次は……何これノート?何これとか言っちゃったよ。  ええっと中身は……ああ、これね。中学生の時の連絡帳!  めちゃくちゃ懐かしいね。先生、連絡帳とか覚えてる?  うんうん……流石に覚えてるよね。  小学生の時って、帰りの会で連絡帳書いたよね。  あれって中学になったら自然と消えたけど、私忘れ物多くてさ。  お父さんに言われて中学一年までは連絡帳付けてたんだ。おかげで忘れ物がすごく減ったんだよ。  先生はどうだった?ふむふむ……そうなんだ。確かに先生はそんな感じする。  よし、それじゃあ判決を下します。  中学で連絡帳つける人は一般的に珍しい……だからこその希少性……これは必要! 「桃華……」    ……ど、どうしたの先生。べ、別に適当に言っているわけじゃないよ?  片付けるつもりは……ちゃんとあるんだから。  なにその目は〜全然信用してくれてないでしょ!  ほら、まだまだ部屋は散らかったままだし、い……いずれ断捨離できるものも現れるって!   『よし、この調子で我輩の城を再構築するのだ! 貴様も手を貸すがいい!』  ○3章 †我輩と共に堕ちよ†    ……みたいなことを話して、一週間が経ったわけだけど  えーこれはですね……なんといえばいいか……  で、でも! 最初は足の踏み場もなかったけど、今では……ほら! なんと畳が見えます!  いやぁ、これは大変な進歩だと思うなぁ。  一週間前の私では考えられなかった。すごい、私すごい。あと段ボールってすごい。 「私が来た時より物が増えてる気がするんだけど……段ボールタワーもできてるし」    そ、それは…… 『我輩の軍は無敵で不死の強者たちよ。決して死なず次から次へと湧き出てくるのだ! どうだ先生よ! 魔王サタンの力に恐れ慄くがいい……!』  ……はい。ごめんなさい。片付けられませんでした。  なんというかその……片付けた側から新しいものを押し入れから出したりしちゃって……  ううう……申し訳ないと思ってるよ? でもその……どうしても物を出すのをやめられなくて…… 「明日には私帰るからね。リモート期間終わりだから」    ……ええっ? 先生、明日には帰っちゃうの!? そんなぁ!  先生がいなくなったら、私絶対片付けなんてできないよ〜!  ど、どうしよう……! 「そもそも私は勉強を教えに来たのだけど……」    もう……それはもう言いっこなしでしょ? 初日から一秒たりとも勉強してないんだから。  うーん……むむむ……  よし、先生! 今夜一気に片付けちゃおう! 先生が帰っちゃう……その前にね。  うん、先生もやる気みたいで嬉しい。  さて片付けを……と言いたいところなんだけど……  ふわぁ……ちょっと眠いから一旦お休みしてからでもいい? 「こんな時間に? まだ陽が出てるよ?」    ……まあそれはそうだけどさ。最近どうしてもこの時間に眠くなっちゃうんだよね。  ほら、私早起きだから。毎日四時に起きてるんだよ。  うん。農家って朝早いから、どうしても目が覚めちゃって。まあ、お母さんの仕事手伝ってないんだけど。  早く起きてもスマホ見たりしてダラダラしてるだけ。  そんなこんなで、中途半端な時間だけど、なんだかすごく眠くなっちゃって……  そうだ! 先生も一緒に寝ようよ。  部屋はご覧の通り、眠れるような場所はないし、縁側で。  あっ、私はクマさん使うから先生は適当に座布団持ってきてね。  あ、先生。来た来た。  じゃじゃーん。ここが私の特等席。  うちの縁側程よく狭くて、景色も良くて最高なんだよ。  季節が季節だからさ、五時くらいでもう若干薄暗いね。  ここからね、だんだん暗くなっていくんだよ。  ゆっくり灯りが弱くなって、気温も少しずつ下がっていって……ふわぁ……考えただけで眠くなっちゃった。  それじゃあ先生、私は先に寝るね。  おやすみなさい……って、どうしたの先生? 「普段こんな時間に寝てないから眠れない……」    うーんそういうものなのかな。  眠ろうとしたら普通眠れるものじゃない?  へぇ、案外そうじゃないんだね。それなら睡眠は意外な私の特技かも。 『くっくっく……長き眠りについた魔王は、世界を滅ぼす復活の時を待っているのだ……』  えへへ……軽口はそこまでにして、もっと現実的な話をしよっか。  私は早く寝たい。でも先生は眠れない。  なら、結論は火を見るよりも……勇者が魔王を倒しに来るよりも明らかだよね。  今から私が……先生のこと寝かしつけてあげるよ。 「ど、どうしてそうなるのさ」    ……別におかしな結論じゃないでしょ?  もー、文句ばっかり言ってないで早く寝るよ。  私も眠いんだから、ほらほら、横になって。  よし……横になれたね。  ふふふ……先生には普段私がやってるとっておきの睡眠ストレッチを伝授しちゃうね。   だから今だけは……私が先生だよ。  先生は今からただのお兄さん。  お兄さんは生徒さんだから、先生の言うこと……ちゃんと聞いてね。  えへへ……それじゃあ、やっていくよ。  まずは、頭の力を抜いていきましょう。  やることはすっごく簡単。  ぎゅーって固く目を瞑って、一気に力を抜くだけ。  まずは一回やってみよっか。  目をぎゅーって瞑って……力を抜く。  ……そうそう。そんな感じ。  じゃあもう一回。  目をぎゅーって瞑って……力を抜く。  なんだか頭の後ろの方から魂が抜けていくような感覚がしてくるよ。  顔の周りの筋肉もゆるーくゆるーくなってきちゃう。  目をぎゅーってして……力を抜く。  ぎゅーってして……力を抜く。  ぎゅーってして……抜く。  あんまりやりすぎても頭に血が上っちゃうから、顔はここまで。  次は……肩。肩の力を抜いていきましょう。  まずは右手で左手の肘、左手で右手の肘を持ってみて。  そうすると、お腹の上あたりで腕を組むような姿勢になるよね。   難しかったら普通に腕を組むのでもいいよ。  ……そう、それで姿勢は大丈夫。  ここまで来たら……やり方はさっきと同じだよ。  肩が持ち上がっちゃうくらい、ぎゅーって力を入れて……一気に力を抜くの。  それじゃあいくよ。  肩にぎゅーって力を入れて……一気に抜く。  肩にぎゅーって力を入れて……一気に抜く。  そうそう。その調子。  そのまま、同じことを続けていくよ。  ぎゅーって力を入れて……一気に抜く。  ぎゅーって力を入れて……一気に抜く。  力を入れて……一気に抜く。  力を入れて……一気に抜く。  腕を組んでるから、寝ているのに肩をストンと落とせるよね。  もう少し続けてみようか。  ぎゅーってして……抜く。  ぎゅーってして……抜く。  ぎゅーってして……抜く。  それじゃあ、肩はそこまでにしよっか。  そうしたら、組んでる腕を一旦解いてね。  そのまま、ゆっくり手を伸ばすの。  そうそう、手を太ももの横くらいに持ってくるんだよ。  では、次は腕の力を抜いていきましょう。  手を大きく開いて、一気に力を抜くんだよ。  それじゃあいくよ。  手を大きく開いて……一気に力を抜く。  手を大きく開いて……一気に力を抜く。  手を大きく開くと、手の筋が伸びてなんだか気持ちがいいでしょ。  それに一気に血が流れ込んでちょっとポカポカするよね。  それじゃあ、この調子で続けていこっか。  大きく開いて……一気に力を抜く。  大きく開いて……一気に力を抜く。  大きく開いて……一気に抜く。  大きく開いて……一気に抜く。  よし、そこまで。  もうお兄さんの上半身は十分リラックスできてるね。  力が抜けて……身体がまるで地面にくっついてるみたいな感覚だよね。  もう眠くなって来た?  眠かったらもう寝ちゃっていいんだよ。  私はこのまま喋るけど、適当に聞き流しちゃってもいいからね。  上半身がリラックスできたところで、少しだけ深呼吸をしようか。  大きく吸って、ゆっくり吐き出すの。  ゆーっくりだよ。もう体から空気が出ないよーってところまでしっかり吐き出すんだよ。  それじゃあ、いくよ。  大きく息を吸って……ゆーっくり吐き出す。  大きく息を吸って……ゆーっくり吐き出す。  大きく息を吸って……ゆーっくり吐き出す。  大きく息を吸って……ゆーっくり吐き出す。  そこまで。   ちょっと頭がぽわぽわしてきちゃったかな。  でもそれでいいんだよ。  ふわふわして、現実か夢の中か……わからないくらいがちょうどいいの。  それじゃあ、最後に下半身。  足の筋肉をほぐして、お休みする準備しちゃおっか。  やることは簡単だよ。  つま先をピンッと伸ばして、一気に力を抜くだけ。  ピンッて伸ばすのが難しかったら、かかとを押し出すのでも大丈夫。  楽な方でやってみてね。  それじゃあ、いくよ。  足を伸ばして……力を抜く。  足を伸ばして……力を抜く。  その調子。  筋肉がほぐれて、すっごくリラックスしちゃうよね。  足を伸ばして……力を抜く。  足を伸ばして……力を抜く。  足を伸ばして……力を抜く。  足を伸ばして……力を抜く。  足を伸ばして……力を抜く。  そこまで。  これでストレッチはおしまい。  いっぱいリラックスしてくれてたら……嬉しいな。    もう身体は動かなくなっちゃってると思うから、ここからはただの深呼吸をしていくよ。  何も考えずに、心を無にして、深呼吸するの。  これくらいなら私の合図なしでもちゃんと出来るよね。  ふわぁ……私も眠くなってきちゃったよ。  お兄さんの呼吸を感じながら、私も側で寝ちゃおっと。  それじゃあお休みなさい、先生。  ○4章 桃華のヒミツ   ふわぁ……先生、おはよう。よく眠れた?  ……うん。よく眠れたならよかった。 「桃華は眠れた?」    私はまあ、いつものことだからよく眠れたよ。   さーて時間は、丁度七時くらいだね。  よしっ! 今日は先生が最終日らしいし、本格的にお片付け頑張らないと。  我輩の本気を見せてやろう〜ってね。 「それより先にご飯にしよう。もう夕食の時間だよ」    ……うーん、私はあとでいいかな、夕食。いつもそうしてるし。  うん。別に、家族全員で夕飯を食べないといけないわけじゃないでしょ? 「桃華、なんか避けてない?」    い、いやいや避けてるなんてそんなことは……ないと思うけど……  そ、そう!これは単純に生活習慣の違いから来るすれ違いだよ! 「そんなんじゃ納得できないよ」    ええっと……それじゃあ……ええっと……  なんて言ったら納得してもらえるかな……  むむむ……   『わ、我輩は常に隙を見せぬのだ。例えそれが両親であってもな!』  ……というわけで、私は後で一人で食べるよ。  お腹空いたなら先生だけ食べに行っていいからさ。  あっ、もしかして先生、私が一人の間に真面目に片付けしないって思ってるでしょ〜  確かにこれまでの前科があるから信用されないかもしれないけどさ、私は夏休みの宿題とか最終日にまとめてやるタイプなんだよね。  ……だから流石に最終日は真面目にやるって。 「……お父さんを問い詰めてくる」    ……ちょっと何言ってるの先生?話の流れがわからないよ。  いきなりお父さんが出てくるのもよくわからないし、それに問い詰めるって一体何を聞くつもりなのさ。  もしかして、私が過度なダイエットしてるとか思ってる?  まあ確かに、私は学校こそ不登校だけど女子高生なわけですし?  体型に気を遣っているかと言われれば確かに気を遣ってるわけで……けどそんなことお父さんに言いつけても何にもならないって。  それに別に私はご飯を食べてないわけじゃないし。  ……でもまあ、先生がそこまで言うなら今後もダイエットはしないよ。  とにかく、今は単純にお腹が空いていないから食べない。本当にそれだけだって。 「桃華、本当のことを教えて欲しい」    えっ……ちょっと、先生やめてって。 「お父さんとお母さんに何かされてるならちゃんと言って」    お父さんたちに何かされてるとか……そんなの……    「ちゃんと言ってくれたら、私が力になるから」  違う……違うんだって…… 「親戚でも、私がガツンと言うよ」   お願い……違うの……これは私が…… 「まさか親戚でこんな酷いことをする人がいるとは思わなかった」    ……やめて! お願いだから……お父さんたちを悪く言うのは……やめて! 「……桃華はお父さんたちが嫌いなわけじゃないの?」    そんなこと絶対ない! 私がお父さんとお母さんを嫌いになることなんて……絶対に!  ……寧ろ逆だよ。私は……お父さんもお母さんも大好き。  大好きだから……顔を合わせられないんだよ……  はぁ……まあ先生になら話してもいっか……  ねえ先生……私がどうして魔王なんて演じてると思う?  ……最初はね、ほんの出来心だったんだ。  原因は……私の進路。  私さ……将来何がしたいとか、いっぱいあるんだ。  ゲームが好きだからゲームクリエイターにもなりたいし、勉強も苦手じゃないから先生にもなりたい。お父さんの仕事が情報関係だからそっち方面もいいな〜って思うし、家が農家だからそれを継ぐのもいいかなって思ってる。  ……他にもたくさんあるよ。なりたいもの。  でもさ……それってすっごく残酷なんだよ。  だって一つの夢を選べば……他の夢は諦めなければならないってことだから。  一歩踏み出そうとすると、あり得たはずの未来がどこかに行っちゃう気がして足が震えるの。   だから私はずっと……将来のことから目を背けてたんだ。  進路調査は……もちろん空欄。学校の先生からは度々指導されてたけど、その都度あはは〜って誤魔化してたよ。  そんな私を見かねてさ、お父さんたちも私の進路について考えてくれることになったの。  お父さんはどこどこ大学に行けとか、お母さんは大学行かなくてもいいから農家を手伝いなさいとか、色々な提案をしてくれたよ。  それなのにね……私はやっぱり逃げちゃった。  何だかしっくり来ないとか拒絶したり、笑って誤魔化したりね。  ……どうしても怖かったんだ。一歩踏み出すのが。  ……もちろんそんな私の逃避行が長く続くわけもなくてね……夏休みの前にさ、痺れを切らしたお母さんが私をみんなの前に呼び出したの。  あの時のみんなの表情、今でも覚えてるよ。お母さんもお父さんも、お爺ちゃんもお婆ちゃんもみんな苛立ってた。  これ以上逃げるのは無理だと思った私は……咄嗟にゲームの魔王のマネをしたの。  あはは……今考えても本当にバカなことをしたと思うよ。  だって「進路はどうするつもりなの?」って聞かれて「我輩は魔王サタン……故に我輩は何者にも縛られぬのだ!」って答えたんだよ?会話になってないじゃん。  魔王のマネをした私を見て、お父さんはクスッと笑って、お母さんたちはポカーンって口を開けて呆れた様子だった。  でもね……意外なことに、私のこの馬鹿馬鹿しい現実逃避は意外と上手く行っちゃった。  こうして味をしめた私は、その後も都合の悪い話が振られる度に魔王になって……逃げて、逃げて……逃げ続けた。  そうすることで……向き合うべき現実から、決めるべき選択肢から、切り捨てるべき夢から……目を背けることができたんだ。  ……だから私は魔王になったんだよ、先生。  部屋が汚くなり始めたのも魔王ごっこをし始めてからだったかな。  たぶん昔の楽しかった記憶に囲まれることで現実から目を背けてる……んだと思う。  まあ無自覚だからなんとも言えないけどね。  ねえ先生、私って少し魔王に似てると思わない?  あはは……何その反応に困るって顔は。  結構真剣な話だよ。  ゲームの中の魔王様って……本当になりたくて魔王なんかになったと思う?  私はそう思わないんだよね。  だって、魔王ほどの力があれば何にだってなれたはずでしょう?  戦士だって、僧侶だって、武闘家だって、魔法使いだって……魔王様のステータスならどんな職業でも選びたい放題。  だったら普通、魔王なんかにならないでもっと人に胸を張れる存在になるよ。  それなのに魔王は城の奥で引きこもって、世界を滅ぼすなんてことを言い続けてる。  魔王はさ……きっと選べなかったんだよ。  なろうと思えば何にでもなれたはずなのに……何も選べず逃げて逃げて、結局何者にもなろうとしない。  受け身で勇者を待つだけの臆病者……それがきっと魔王なんだと思う。    私も似たようなものだよ。  やりたいことは沢山あるのに、結局どれも選べず……何もしない。  いつまでも決断できずに、昔の思い出に浸って引きこもってる。  多分、大人になってから大きな後悔を抱えたまま、私の人生が上手くいかないのは社会が悪い〜とか言っちゃうんだろうなぁ。  そして、文句だけ垂れて結局何も成し遂げることもなく、半端に生きて半端に死んでいくんだ。    ……その点先生はすごいよ。  私と違って、ちゃんと一歩踏み出してる。  ちゃんとお仕事もしてるし、親戚の娘の面倒まで見てる。  人から信用されて、頼られて……本当に立派な大人だね。 「………………」  ……どうしたの先生? 何か言いたげな顔して。  まさか、自分はそんな大した人間じゃないとか言おうと思ってる?  過度な謙遜は侮辱と同じだよ、先生。  私からすれば、先生も、お父さんもお母さんも……みんな本当に立派な人間だよ。 「……魔王のままでもいいんだよ、桃華」  ……あ、あはは……何言ってるの先生。  ……そんなわけないじゃない。  私はどうしようもなく愚か者だけど……今のままじゃダメだってことくらい分かってる。  こんな弱虫で臆病で……何者にもなれない中途半端な人間に……何の価値もない。  先生もそう思うでしょう? 「そんなことないよ。世の中、何者かになれる人間の方が少ないんだ」  ……どうして。  ……どうしてそんな優しいこと言うの、先生。  私は……本当にダメな子なんだよ。  夢を失うことを恐れて動けない……そういう人間なの!  それなのに……それなのに先生は、それでもいいって言い張るの……? 「その通りだよ、桃華。この世には戦士だって、僧侶だって、武闘家だって、魔法使いだって……魔王だっていていいんだ」  そ、そんなわけない!  だって……お父さんだってお母さんだって、先生だって!  みんなそれぞれ……ちゃんと何者かになれてるじゃない!  みんな人に誇ることのできる名前を持ってる!  自分の人生は! 役割はこれなんだ! ってちゃんとした何かを持ってる!  私は……そんなものにはなれない……  なれる自信がない……  私はこれなんだって……決められないから…… 「桃華はきっと立派な大人ばかり見て育ったから思い詰めてしまったんだね」  ……やめてよ先生……お願いだからやめて……!  これ以上言わないで……! 「桃華が逃げるのはすべての夢に本気だからだよ。それはとても良いことだと私は思う。たとえ何者にもなれずとも、桃華は立派な子だ」  私を褒めないで! 認めないで……!  ダメ……本当にダメ……こんな私じゃ絶対ダメなんだよ……  こんな私じゃ……お父さんたちに顔向けできないのに…… 「何度でも言うよ、桃華。魔王のままでもいいんだよ」  それ以上言われたら私は……『我輩は……! 逃げる理由がなくなってしまうではないか!』  ……ハァ……ハァ…………ふぅ……  ……もうっ、先生は強情だね。  強情でお節介でお人よし……でもそんな先生だからこそ私は……  もう少し、こんな自分と向き合ってみようかなって気持ちになっちゃった。  先生……私、お父さんたちに伝えてみるよ。  夢がたくさんあるってこと……  それを失うのが怖くて決められないんだってこと……  あはは……もう高校生なのに、お父さんたちに呆れられちゃうかな?  それとも、心配されちゃうかな? 「どっちもだと思うよ」  あはは……きっとそうだよね。  だけど……それでいいんだよね。 「そうだね。他人に誇れる人生だけが人生じゃないんだから」  ……他人に誇れる人生だけが人生じゃない……確かにそうかも。  よしっ! それじゃあ私、行ってくるよ。  今ならお父さんたちまだご飯食べてるだろうし。  そうだ! 先生も一緒に食べようよ! うち夕飯は毎日食べきれない量あるから大丈夫だって!  あ〜緊張する! 久しぶりにお父さんたちとご飯食べるんだよ?  久しぶりで、居心地悪いかもだけど……すごく楽しみ。  やっぱり、私はお父さんたちが大好きだからさ。  先生……私が魔王になる瞬間、ちゃんと見ていてよね。  ○5章 混沌の中を征け   ああっと、ちょっと待って、先生!  あはは……危ない危ない……学校の準備に手間取って完全に遅れるところだったよ。 「今日は学校行くの?」    う、うん……ほら、先生のお陰で色々前進したし、そろそろ学校行かないと高校卒業できなくなっちゃうから。  それよりほら! これ! 学校の制服!  こう見えても本当に女子高生だったんだからね。  あー、先生。似合わないとか思ってるでしょー?  まあでも、最近制服着てなかったから私もちょっと違和感あるんだけどね。 「それより眼帯がないことの方が違和感があるかな」  眼帯……? あはは……あ、あれは……もう卒業。 「なんて?」  だ、か、ら、卒業! 卒業したの!  もー、先生わざと聞き返してるでしょ?  私も……まあ、あの格好が気に入っていないと言えば嘘にはなるけどさ、それなりに恥じらいみたいなものはあったんだよ?  あの格好はせざるを得ない状況だったからそうしていたわけで……  今はもう必要ないから大丈夫なの! お陰様で、先生様のおかげで! 「そうなんだ、似合ってたのに」  そ、そうかなぁ?  ま、まぁ? 先生がそこまで言うならこれからも眼帯くらいは…… 「でも恥ずかしいからもうやめた方がいいね」  って、この流れで恥ずかしいとか言わないでよ!  全くもう! 急に冷静になるんだから……  あっ、そうだ先生。  先生が部屋に戻ってから、お父さんたちと進路について大体決めたよ。  ……うん。結局ね、大学行くことにしたんだ。  具体的にどこの大学にするかはまだ決まってないけど、夜間で、教員免許が取れるところから探そうって話にはなってるよ。  ほら、なりたくても資格がないとなれない職業だってあるし、夜間なら朝お母さんたちの仕事も手伝えるしさ!  んっ〜〜! 色々解決した後は気分がいいね。  朝の冷たい空気も、清々しく感じるよ!  ……ありがとね、先生。  先生がいなかったら、私……今でも引きこもって偽りの魔王を続けてたと思う。  だからすっごく感謝してるんだよ?  今回は時間がなくてちゃんとしたお礼ができなかったからさ、今度会うときはたくさんお礼させてよね。  ……あっ、私そろそろ学校行かなくちゃだ。  学校面倒くさい〜やっぱり引きこもりに戻ろうかな……なーんて。  あはは、嘘だよ。せっかく先生に頑張ってもらったのに、そんなことしないよ。  先生も……遅れないようにね。  うん。それじゃあ、また今度ね……  ……先生! やっぱり、最後に言わせて!  私は魔王……大魔王サタン。悪魔を統べるものにして──黒白の堕天使。  私は魔王だからさ、これからも昨日までみたいに……自分の世界を滅ぼそうとしちゃうかもしれない。  だから……えっと……もしそうなっちゃったら、そのときは……  『我輩の勇者になってはくれないか?』 「……もう逃げないんじゃなかったの?」  ……い、今のは逃げてなんかなかったでしょ!?  寧ろ攻め攻めだったと思うな、私!  だから今のはただ……恥ずかしかっただけ。  もー、先生も恥ずかしいことなんか言って! 「桃華が何度世界を滅ぼそうとしても、私が救いに行くよ」  えへへ……ありがと、先生。  その言葉で私はこれからも頑張れるよ。  よし! 言いたいこと終わり!  それじゃあ先生、行ってきます!  私の人生は混沌に彩られている!