・side ヒロイン  銀色と浅葱色、だろうか。  見慣れぬ配色とコントラストに、目をしぱしぱと瞬かせる。 「ん?どうかした?目にゴミでも入ったの?」  合鍵を使って帰宅した私を玄関まで出迎えてくれる見目麗しい男性の名は高崎弦くん。私の彼氏さん。  今も私の瞬きの多さに、こちらを心配そうに覗き込んで様子を見てくれる優しい人。待って、近い!綺麗なお顔が近いです……!  画家として活躍する弦くんは、その時の気分や降ってきたインスピレーションに合わせて、行きつけの美容室でよく髪を染めて帰ってくる。  今日もそうだったようで、弦くんの頭髪は全体を銀髪に、インナーに浅葱色を入れたバイカラーへとメタモルフォーゼしていた。  つい今朝まで見慣れていた色合いが予告なしに変わるのは何となく心臓に良くないと思う。いや、今の色だって凄い似合うし格好良い。……だからこそ心臓に良くない。 「ううん、その、髪の色変わったのにビックリしちゃって」  見とれた事を誤魔化すように笑ったら、弦くんに目元を細めて微笑まれる。うっ、多分これ、見惚れてたのバレてる。  彼は自身の毛先を摘まむと、微笑んだまま「似合う?」と小首を傾げて尋ねてきた。  弦くんってば背が高くて顔もイケメンなのに、動作は可愛いってもはや反則なのでは?  無意識なのか、わざとなのか。未だわからないまま、今日も彼の可愛さに翻弄されている。 「うっ、うん、似合うよ!格好良いと思う」  じわりと頬に熱が帯びる。何とか感想を告げれば、弦くんは更に満足そうに笑った。  彼の指先からさらりとこぼれ落ちる髪の毛は、何度も染めて酷くダメージを受けているとは思えぬ艶やかさを保っている。  これはちょっとだけ私の自慢。  弦くんの習慣の一つにあるトリートメントタイムは何を隠そう、私が担当している。  きっかけは付き合ってすぐの頃。  初めてカラーチェンジした弦くんを見て、変わった髪色に驚くよりも傷んだ毛先がどうしても気になってしまって。  今度会う時にヘアトリートメントをさせて欲しいと勇気を振り絞って申し出たのが始まり。  呆気に取られながらも了承してくれた弦くんは本当に優しい人だと思う。恋人になって間もない人間から(お付き合いする前から交流させて貰っていたけど)こんな打診をされるとは思いよらなかっただろう。  後日、自前のトリートメント剤や追加で買ったものを詰め込んでパンパンになったカバンを引っ提げ弦くん家の呼び鈴を鳴らした時、迎え入れた彼の目が丸くなっていたのは(恥ずかしすぎて)今でも忘れられない。  流石に、付き合って一月の関係で彼と一緒にお風呂でヘアケア♪……なんて高いハードルを飛び越える度胸も厚顔も持ち合わせて無かったので、彼の家の広いリビングで行うことになった。  弦くんを椅子に座らせ、ケープを着てもらう。  テーブルに霧吹きやお湯の張ったお風呂桶、タオル等を用意すれば簡易美容室の完成だ。  彼の髪の毛をブラシで丁寧に梳かし、霧吹きで湿らせ、地肌にトリートメント剤が付かないように気を付けつつ丁寧に塗布していく。  その後、トリートメントを流しドライヤーで乾かした髪にヘアオイルを馴染ませ整える。  私の熱意に応えるように、みるみる色艶を取り戻してくれる弦くんの髪の毛を見て、言い様のない達成感を覚えたのは言うまでもなく。  手触りが格段に良くなった自身の頭髪を気に入ったのか、彼からも希望されてこの時間は確固たるものとなった。  弦くんが躊躇なくお代を倍額で払ってくれるため、凄まじいスピードでヘアケア商品の充実とランクアップが実現されたし、そのおかげで私の髪も恩恵を与ってツヤツヤのツルッツル。  日々弦くんには足を向けて眠れない夜を過ごしている。 「ねぇ、聞いてる?」 「はっ!?」  私がぼんやりしていたのだろう。声を掛けても反応のない私の鼻頭をつつく不満げな弦くんの顔を視界がドアップ捉えた時、別の意味で自分の心臓が潰れるかと思った。 「うっ!ご、ごめん、何だっけ?」 「だーかーらー。今週末、何か予定ある?」  口を尖らせる弦くん(可愛い)にそう尋ねられて、脳内ではリトルな私がガラガラとスケジュールボードを慌ただしく引っ張り出して来た。平日は何処其処に研修やら会議やら会食などと書き加えられているが、週末は彼と過ごそうと空欄をキープしている。 「えーとえーと……。ううん!予定ないよっ」 「じゃあ、髪。やって?」  端的に告げられると同時に微笑む彼から、ぶわりと色香が漂う。時々、彼は色気の出力を間違うから本当に困る。(具体的に言うと私の顔が発火する)  更に顔が赤くなったのを自覚しつつ、首を上下にこくこくと動かした。もとより彼からのお願いを断る理由はどこにもない。 「やった。僕、君が髪の毛触ってくれるの、好きなんだよねぇ」  ふふふ、と嬉しそうに笑った彼は、私の鞄をするりと取り上げると踵を返し、奥の部屋へと続く廊下を歩いていく。 「ねーぇ、いつまで玄関に突っ立ってるの?早くこっちおいで」  私に投げ掛ける声はどこまでも柔らかい。  頬の熱がもう一段上がったのを感じながら、私は慌ててパンプスを脱ぎ捨てて上機嫌な彼を追い掛けるのだった。