XXXX.04.10 今日は憧れの先生の編集担当になる。 忘れないようにこの日を記念日として記録しておこう。 もちろん、ファンだからと言って私情を出しすぎるのは厳禁だ。 いってきます。 先生に会った。とても寂しい人だった。 あんな状態で一人暮らしなんて……放っておけない。 XXXX.05.09 先生があまりにもねだるので今日も首を絞めた。 帰りに原稿を渡された。 初稿と言っていたがほぼ完成品と呼べる出来栄えだった。 半年以上書けないと言っていた人が一か月足らずで仕上げたのだろうか。 やはり先生は天才だ。 帰りに会社に報告を入れた。 上司に褒められた。褒められたついでに先生の担当を私以外に変えて欲しいと言った。 上司は態度を硬くした。冷たい声で「お前以外に変えたらあの人は終わる」とだけ言って切った。 私では本当の意味で先生を救うことなんてできないのに。 XXXX.06.08 先生が苦しんでいるのを見ていられない。 でも、私に叱られることが先生にとっての救いらしい。 先生はいつも私を見る時、私以外の人を私の瞳の奥に見ている。 XXXX.06.1X 先生の言っていたデビュー前の女性作家のことを調べることにした。 しかし会社にそのような資料はなかった。 先生に新しいプロットを持っていくように上司に言われて作家ごとにフォルダ分けされたプロットデータの中からよさそうなものをいくつか選ぶことにした。 彼女のプロットがこの中に眠っているのだろうか。 見てみたがどれも仕事用の整った資料にしか見えない。私には分からなかった。 XXXX.0X.X8 先生の所へ行くと思うと近頃体が震える。 この指が、柔らかい先生の首を絞め、力をこめるはずの腕に力が入らなかったらどうしようと不安で吐きそうになる。 でも今日はまずプロットの話がある。きっと大丈夫だ。 先生は全てに目を通して「君が書けというなら」と言って笑った。 XXXX.07.10 先生が倒れたと聞いて急いで救急に連絡して搬送した。 睡眠薬とお酒に逃げる弱い人だということを忘れていた。 ごめんなさい。もう二度と目を離したりなんてしません。 XXXX.07.15 先生から詳細を聞いた。私が選んだプロットは全て彼女のものだったそうだ。 彼女そっくりの顔をした私に彼女が才能を費やした宝物を奪った本人である先生に「書け」と提案することがどれだけ辛いことか。 退院したばかりの先生の首を痕が残るまで絞めた。 キスをして犯して先生の喜ぶ限りの破壊を尽くした。 少し前に見た笑顔よりずっと嬉しそうな生き生きとした笑顔だった。 先生がこれで少しでも生を感じられるなら、私は先生に寄り添うことにした。 XXXX.XX.XX テレビ電話でお母さんと話した。不意に"彼女"のことを聞いてみたくなって作家志望の女性が家にいたかを聞いた。 最初は何も言ってくれなかったが"セオアサヒ"の名前を出したら一瞬びっくりしたような様子だったが教えてくれた。 彼女は私の叔母にあたるらしい。 セオアサヒは彼女の使い続けたペンネームだったそうだ。幼い頃から体が弱く、もう亡くなったそうだ。 「作家になるのが夢で入退院を繰り返していた人」らしい。 「体が弱いことが理由でデビューできなかった、デビューをちらつかせた出版社に依頼された仕事で体調を崩し、長くなかった未来を潰された」とも言っていた。 電話を切る時に母が寂しそうな顔で「髪が長い子だったから忘れていたけどアンタと顔立ちがよく似てるわ」と私を見て言った。 私を見る先生の罪悪感にまみれた顔を思い出した。 私が整形でもしたら先生も楽になるだろうか。 いや、彼女に叱られることが救いなのだからきっと意味はない。 会社を辞めようかと思った。 でも先生のことを放っておけない。 上司が言っていた言葉を思い出す。 「お前以外に変えたらあの人は終わる」 それは真実だ。 XXXX.08.08 ずっと気のせいだと言い聞かせてきたが無理がある。 私は先生に加虐することに性的興奮を覚えている。 先生は私に加虐されることに陶酔している。 首を絞めて、キスをして、嫌がりながらも無抵抗の先生に射精を強要して。 そういった倒錯の酔いが醒めた頃に聞いてみた。 「セオアサヒになったら何か変わりましたか」 先生は首を横に振った。 「私は私じゃなくなりたかったんだ」とうなされるように言ってまた首を絞めて欲しいとねだった。 子どもみたいに私に縋りついてわんわん泣いていた。 先生は嫌がるけれど私を拒むことはできない。 いっそ子どもでも妊娠して家庭を持つように迫ってみようか。 そうしたら子どもに目が向くかもしれない。 私にも目が向くかもしれない。 そんなことを時々考える。 でも、それは先生にとっての救いではない。 だから今日も私は先生が満足するまで首を絞めて、痛めつけて、辱めて、彼を凌辱する。 先生の一瞬の幸せのために、今日も、次もその次も。 XXXX.XX.XX もう書かなくていいよ、って先生に言いたい。 XXXX.XX.XX 聞いてもらえなかった。先生、先生……。 XXXX.XX.XX 最近髪が伸びてきた。切らなくなったのはいつからだろう。 子どもを作るために先生に迫るには彼女になりきらなくてはいけない、そんな気がして。 XXXX.XX.XX 妊娠した。 結婚は名字を変えることを先生が嫌がって婿入りと言う形になったがどうにか一緒にはなれた。 XXXX.XX.XX あさひが生まれた。 先生がどうしてもこの名前がいいというからその名前にした。 XXXX.XX.XX あさひはすごく賢い子だ。もうおしゃべりができる。 XXXX.XX.XX 仕事をしている時以外の先生が柔らかく笑うようになった。この子を産んでよかった。本当に良かった。 XXXX.XX.XX あさひがXXXさんのくびを首を絞めているのを見てしまった。 XXXさんが昔みたいに恍惚として小さな手に絞められていた、あの光景が忘れられない。 XXXX.XX.XX あさひは本当に賢いだけの子なの? XXXX.XX.XX 視線を感じる。 XXXX.XX.XX ねぇ、あさひ。この日記見てるでしょう? ねぇ、あなたは私と違ってあの苦しみを覚えているの? XXXX.08.08 おかあさん。 じょうぶにうんでくれてありがとう。 わたしこんどこそゆめをかなえるの。