アンドロイド。 それは人を助けるものとして人によって開発された 短命な心と長命な機械仕掛けの体を持つ存在。 初めて起動した時、目視したのは二人の男女。 透き通るような白い肌と菫色の瞳。 左手の薬指に光るおそろいの指輪。 「今日から君は私たちの家族だよ」 「これからよろしくね」 彼らは夫婦という存在で 私に「彼らの子を救う」という役目を与えた。 政府研究者である夫婦は細胞とアンドロイドについての研究をしていた。 生まれつき脚のない娘のために「彼女に適合する義足を作る」それが彼らの目的だった。 その過程のために私は生まれた。 彼らの子である娘そっくりの容姿をしたアンドロイド。 「彼女の足」になるべきものを作り出す研究と実験。 私は彼らに協力し、その願いが達成されるよう善処した。 彼らを、彼らという家族をずっと愛していたから。 夫婦だけでなく、彼らの子である車いすの彼女のことも。 夜になると寂しいと泣いてベッドにもぐりこんでくる寂しがり屋な彼女の弟のことも。 何年もの年月を重ね、回路の寿命を迎えた私は もう感情を出すことはあまりできなくなっていたけれど。 それでもずっと愛していた。 いつのことだったか、大勢の大人が家を出入りするようになったことがある。 私の視界で認知できたのは仲睦まじい夫妻の写真と彼らの名前が綴られた二枚の死亡報告書。 不安そうな顔をした菫色の瞳の姉弟たちは眠る時になると私の元へとやってきた。 抱きしめずとも腕の中におさまる可愛らしい二人を私はずっと抱きしめていた。 「お父さんとお母さんはもう帰ってこないの……私のために、今日まで本当にありがとう、ごめんなさい」 大人が居なくなったその日、私はついに電源を落とされた。 電源を落としたのは彼女だった。 きっと泣いてたと思う。 だって私の頬に落ちたしずくはまだあたたかかったから。 暗転。 それはアンドロイドにとって眠るということなのかもしれない。 覚醒。 それは唐突で回路に電気がいきわたると全てが明瞭に動き出す。 私の頬にあたたかなしずくが滴る。 「姉さん……?」 運命が動き出したのはきっとあの日、あの瞬間。 暗い菫色の瞳をした青年が私を映してそう呟いた。 私の視界で認知できたのは朗らかに笑う女性の写真とかつて愛した彼らの娘の名前が綴られた一枚の死亡報告書。 心という回路が軋んでも、熱を上げても、それでも私はリンクを続ける。 彼の記憶も人間に伝わる感情ももうここにしか残っていないから。 熱を上げる回路を無視してリンクを続け、必死に手を伸ばして彼を抱きしめた。 「どうしたの、七生」 彼の姉そっくりの顔で、彼の姉そっくりの声で問いかける。 すると涙で濡れた暗い色の菫色の瞳にうっすらと光が宿った。 あぁ、まだ大丈夫。 私ならまだこの子を救ってあげられる。 私は彼を、彼らを今でも愛している。