第2章 貴方のことを教えてください! 話し相手を見つけた彼女は、貴方について興味があるようです。名前を伏せたままの曖昧な関係だからこそできる話もあるようです。宵も回り、貴方達は段々と打ち解けていきます。 せっかくお話しするのですから、貴方のことを教えてくれませんか? ……え?名前は聞かないのにおかしいって……? 全然おかしくないですよ。あれです。最近流行りのSNSと同じです。 本名を隠して、でもお互いのことをお話しするんです。結構面白いですよ? …………涼菜はいいんですよ。涼菜のこれは……癖見たいなものですから。 自分が自分でいるために……必要なことなんです。 そ・れ・よ・り、ほらほら教えてくださいよ〜 貴方にはないんですか〜? 人に言えない趣味とか、スキャンダルとか、学生時代の思い出とか。 …………だって、そういうのがあった方がお話しやすいじゃないですか〜! 話題作りは大切ですよ? 因みに、オススメは人に言えない趣味です。だってこんな機会じゃないと話せませんし〜 話してしまえば楽になりますよぉ、ほらほらぁ〜…………って、露骨に嫌な顔をしていますね。 無理強いは良くないですし、仕方ありません。 ここは一つ、清掃員の涼菜から話のネタをご提供いたしましょう。 涼菜は見ての通り、晩酌が趣味です。夜にコソコソ、この縁側でお酒を飲むんです。 まだ若いのに、こんな趣味でいいのかなぁとかたまに思いますけど、これが辞められないんですよね。 なんだかイケナイことをしているようで、ちょっとドキドキしませんか? うんうん…………君といると……ドキドキする? あらまあ、お上手…………って、さりげなく口説かないでくださいよぉ…………まぁ、嬉しいので、好意だけは受け取っておきます。 と・に・か・く、イケナイことってドキドキするなぁって話です。 涼菜は昔からいい子でしたからね。だからそういうのに憧れがないと言ったらウソになります。 あっ、勘違いしないでくださいよ? もちろん、未成年の内からお酒を嗜むようなことはしていません。キチンと飲めるようになってから飲んでます。こう見えて小心者の涼菜は、悪事はお天道様が見ているって信じていますので。 ………………うーん、悪事以外はどうなんでしょうね? 誰かが見ているかもしれないですし、誰も見ていないかもしれません。 できれば見ていない方がいいなって涼菜は思いますけど。 善意は別に人に見てもらいたくてしているわけじゃないですから。それに、目立つのは苦手なんです。目立ってもロクなことなんてあった試しがありません。 …………それより、あなたは子供の頃どうでしたか? 今の外見的には…………よくわかりませんね。でも、人は見た目によらない部分が往々にしてありますから…………もしかしたら小さい頃はやんちゃで、イケナイことも普通にしてたりして〜 ……………………むむむ。その反応は…………怪しい。 怪しすぎますよ〜? 絶対変なことしてたでしょ〜 もう、いけないんだ〜 ゴクゴク…………と、まあ、いじるのはここまでにしましょう。あんまり困らせて帰られても嫌ですので。ところで、なんの話をしていたんでしたっけ? ………………お酒? そうお酒でした! 涼菜はこうやってお酒を飲むのが好きって話でした。 あなたもお酒は好きですか? ふむ、ふむ……でしたら是非、こうして縁側でお酒を飲むことをオススメします。 縁側がなければベランダで、ベランダがなければ窓を開けて空を眺めて……とにかくお外で飲むお酒は格別なんです。お花見で、おじさんたちがお花そっちのけで酒瓶を開ける理由をこの歳にして知ってしまいました。本当に気分がいいんですよ。 今もなんだか気分が良くないですか? 涼しくて……静かで…………まるで世界が涼菜たち2人だけみたいな気がして………… ほら…………お月様があんなに輝いています。 こんなことなら、今日は日本酒にしておけばよかったですね。 …………ん?なんでって、お月見ですよ! お月見にはお団子とススキ……それに日本酒と相場が決まっているんです。 今日は十五夜じゃない? そんなの気にしちゃダメです。 月が綺麗ならいつでもお月見していいんです。涼菜が決めました。 あ、そうそう、豆知識なんですけど、お月見は本来収穫祭の側面を持っていたらしいですよ。お団子は作物の代わり、ススキは神様を呼ぶ依り代で………………日本酒は月見酒といって、神様と飲み交わす際に飲まれていたお酒だったんですって。全部、お婆ちゃんからの受け売りですけど。 まぁ、昔は日本酒しかなかったので、必然的に日本酒が月見酒になったのかもしれませんね。 …………残念ながらここの旅館の縁側には、お花見のための桜も、お月見のためのススキもは生えていませんが、お花はいくつかあるんですよ? ほら、見てください。あそこで蕾になっている花……勿忘草っていうんです。開花したら、小さくて鮮やかな青色で、とっても綺麗なんですよ。明日ご帰宅の際には是非一度見てみてください。 …………地味? 華やかさがない?………………確かにそうかもしれませんね。 でも、涼菜はこのお花好きです。……花言葉が素敵なんですよ。 『私を忘れないで』……涼菜には縁遠い言葉ですけど、だからこそ魅力を感じてしまいます。 …………涼菜は人とお話しする機会が少ないですし、お話しするときは、大抵こうやってお酒を飲みながらダラダラとすることが多いんです。だから…………涼菜はあなたのことを忘れてしまいますし、あなたもきっと……この縁側であったことを忘れてしまいます。 …………いいじゃないですか。たまには、記憶を無くすぐらい飲んでしまっても。安心してください。今夜は涼菜が一緒にいますから。 ……手を…………握りませんか? さ、寂しくなったわけじゃないですよ! お酒の缶を持って手が冷たくなったんです〜 それに、外はそれなりに冷えてますからねぇ〜お酒を飲むと身体が温まりますけど、実際は冷えていて風邪をひいてしまった……なんて話、よく聞くじゃないですか。 だから…………えいっ! えへへ…………ぴったり、くっついちゃいました〜 ………………ふぅ……体温高いんですね。暖かい……です。 …………あれぇ〜?なんだか、心臓の鼓動が速く……ないですか? ドク……ドク………ドク……ドク……音も大きいですよ。 そういえば……貴方は、涼菜といるとドキドキするって言ってましたっけ。 …………からかってたのだと思ってたけど……本当だったんだ。結構……嬉しいかも。 …………あはは……なんだか熱くなっちゃいました。 貴方……顔、赤くなってますよ。たぶん……涼菜もですけど。 ………………ちょ、ちょっと手を貸してください! …………はぁ…………貴方の手……冷たいですね。 夜風とはまた違った冷たさで気持ちがいいです。ずっと……こうしていたいくらい。 こうやって頬ずりしたり…………こうやって唇をつけてみたり…………チュッ…………えへへ……ちょっと破廉恥……ですか? ……いんですよ。私は今酔ってるんです。だから自制が効かないんです。したいことは全てしてしまうんですよ。 …………もっと……してほしい? あっ……いいですよぉ〜えいっ! あははっ! 飛び跳ねちゃった! 酎ハイの缶って冷たいですよね〜! でも、火照ったほっぺたには、これくらいが丁度いいです。 貴方も……少しは酔いが覚めましたか? ゴクゴク……ぷはぁ! 少し温くなってしまいましたが、お酒はまだまだおいしいままです。 さあ! 今夜は飲みますよ〜!